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3819番目の記事である。今回は先日の古街道探訪のその2をお伝えしたい。青葉区の水の森市民センター(昔、荒巻スケートセンターがあった場所)の東側にこのような細道があるが、これが古街道奥州山道とも、秀衡街道とも)である。この日は除草作業(仙台市発注の公共事業)のため、人ひとりがやっと通れるほどの状態であった。

1入口

入口から数十メートルほど進むとこのような叢塚(くさむらづか)がある。仙台市民図書館のレファレンス共同データベースによると、附近一帯の地主であった村上左膳が築き、宮城控訴院長・西岡宣軒の選書で建てられた碑ということである。

明治15年(1882年)にコレラが大流行し、仙台でも7月に肴町(現国分町)で発生、9月に終息するまで罹患者は930名、うち410名が死亡したとされる。市内の火葬場の一つであったこの地では276体が処理された。ここに捨て置かれた残骨と灰で堆積されたものが叢塚であり、これを哀れんだ士族の村上左膳によって供養碑が建立された。近くには上部が折れた「虎烈刺(コレラ)焼場供養塔」もあり、この塔のうしろの雑木林になっているところが火葬した場所という。

2叢塚

仙台市HPより古街道のルート推定図を引用する。三共堤の右側(東側)は直線で描かれているが、これはそれだけ不明確ということを意味するようだ。

3秀衡街道

google mapで古街道の推定ルート(横町が作成)をご覧頂きたい。赤は水の森公園の東周遊コースだが、途中までが古街道であり、途中から北側は途絶えてしまう。インターネットサイトの中には如何にも東周遊コース(赤い線)が古街道のように書かれているものも存在するが、このへんは明確に押さえておきたい部分である。もとより旧道というのはあやふやな部分が多いので、ぼかしを入れる必要があるという意味である。オレンジの線は私が今回通ったところだが、恐らくこちらのほうが古街道に近い(少し北に行くと目印の丸山峠の立札と石碑群がある)と考えている。

4google map

ここは分岐地点(東西の周遊コースがここで分かれる)である。右側が秀衡街道(途中まで東周遊コースと同じルート)である。

5東西分岐点

仙台市が公共事業で草木の伐採や除草を行っているせいで、東側の所々から視界が開け、近接する住宅地が望める。

6住宅地が開ける

更に北に進んでみた。こういう道標があれば迷わないのだが…

7秀衡道標

道の左端の辺りをご覧頂きたい。よく見るとコンクリート製のイスと思しきものがあるが、これは異例(周辺にはこれしかない)である。

8コンクリート製のイス

横町コメント
この後は悪路の下り坂で藪になりそうになったので、切りのいいところで引き返しました。古街道は残念ながら、この辺りで分断し、上谷刈地区になって再び現れるようです。(ルートは定かでない)そのセクションの探訪は今後の課題とします。

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9七百横町
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コメント

古街道の探索、お疲れさまでした…。普通の格好では、藪が深くなると進めませんよね…。
また、他方面からアタックですね…。

URL | boubou ID:-

こんばんわ~。

このような古い道筋が残されていることは、知りませんでした。
時間が経過しているだけに、正確なルートを押さえるのは、
なかなかに難しそうですね~。。

その分、歴史ロマンに思いを馳せる楽しみがありますね~。

こんばんは

どこにも似たようなものがあるようですね。
居住地にもその種のものがあります。
中学生の頃は面白半分に行きましたが、その後、
謂れを聞いてからは行っていません^^;

URL | ichan ID:-

boubouさん、ありがとうございます。

半袖の空調服で入れるような藪でなかったので断念しました。逆ルートから再チャレンジしたいと考えています。他のサイトを見て感じたのはぼかしを入れないと誤解を生む(東周遊コースが秀衡街道と勘違いされてしまう書き方をしている)ということです。不明確なセクションは”推定”などと明記するべきと踏んで記事を書きました。

お陰様で本日も有意義なご感想を頂戴しました。おはからいに感謝しています。コメントを頂きありがとうございます。

penpen_1goさん、ありがとうございます。

おはようございます。古街道は尾根筋を通っていたと考えるのが普通なのでしょうが、虹の丘の団地造成で現在はわかり難い気がします。今度はゴルフ練習場付近から再アタックしたいと考えています。クマの生息域に入る(注意を喚起する看板あり)だけに要注意ですね。冬季まで待つかどうか、考えています。

おはからいにより本日もお引き立てを頂戴しました。ご配慮に感謝致します。コメントを頂きありがとうございます。

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。この旧道に足を踏み入れたのは小学生の腕白仲間数人(同級生)との冒険でした。その頃は怖いなという印象を持ちましたが、歴史探訪という意識を持ってから180度スタンスが変わりました。生きているうちに、自分の目で旧道を調べたいと思う気持ちが強くなったということです。

ご配慮により本日も厚誼を頂戴しました。おはからいに感謝しています。コメントを頂きありがとうございます。

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