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3860番目の投稿になる。最近、将棋に関する興味深いエッセイ(筑摩書房発刊)を読んだ。エッセイの書き手はプロ棋士、将棋愛好作家、観戦記者、ウェブ作家といった多岐に渡っていて、テーマは様々(特定の棋士の素顔、追悼記事、対局にまつわるささいな出来事等)である。著名な作家である菊池寛、山口瞳、団鬼六(いずれも故人)なども登場し、彼らが生前如何に将棋を愛して止まなかったのかが見て取れ、なかなか読み応えのある著作集である。

著者は後藤元気氏(1978年千葉県生まれ・観戦記者・指導棋士三段)である。後藤氏は各棋戦の観戦記やインターネット中継を担当。将棋ペンクラブ大賞・観戦記部門大賞を過去二度受賞している。目次を紹介する。

聖性(中平邦彦)
大山名人と棋譜ノート(越智信義)
名人・木村義雄(宮本弓彦)
愛棋家・菊池寛(倉島竹二郎)
知られざるドラマ(真部一男
棋聖戦の思い出(福本和生)
なっとくなっとく―棋士の引退(湯川博士)
血涙十番勝負―米長邦雄七段戦(山口瞳)
江分利満氏との対局(高橋呉郎)
就位式の敗者(田辺忠幸)
さようなら、村山聖(鈴木宏彦)
「強さ」について(山崎隆之)
先崎流将棋必勝法(先崎学
窓(東公平)
第58期棋聖戦第5局前夜祭(国枝久美子)
追悼 団鬼六(行方尚史)
などである。

1後藤元気

印象に残った作品と簡単な感想を述べたい。
「知られざるドラマ」真部一男
ある日、東京の千駄ケ谷にある将棋会館で二つの対局が行われた。大きな三つの部屋の襖を外した状態で二組が対局するものだった。一方は中原誠永世十段(16世名人)対真部一男九段(竜王戦)、もう一組が加藤一二三九段対井上慶太八段(A級順位戦)であった。何事もなかったように始まった二つの対局だが、開始後間もなくして中原永世十段からクレームがつけられた。

2真部一男

クレームの相手は何と隣で対局していた加藤一二三九段であった。内容は、中原と真部の対局のスペースが狭い(加藤一二三九段のほうの盤が押してきて、こちらのほうが狭くて窮屈である)というものだった。対局中に突然立ち上がった中原永世十段が「加藤さん、やっぱりおかしいよ。もう少し盤を向こうに動かしてください」と述べたのである。

これを加藤九段が無視したので、中原永世十段がこれに憤慨し「一日中気分の悪い状態でいるわけにはいかない。そっちも大事な将棋だっていうのはわかるけど、こっちだって竜王戦なんだ。50センチでいいから動かしてよ」と述べた。これを更に加藤九段が無視し続けたのを見て、ついに中原永世十段が切れた。「加藤さん、喧嘩を売るの?売るんだったらそれでもいいよ!」と言ったのである。

その瞬間、対局場はシーンと凍り付いたようになったという。さすがの加藤一二三九段も折れ「いやいやそんな他意はありませんよ」と応じて盤を動かし、何とか事なきを得たと言う。正式な対局で「盤を動かして」というのは相応の立場の棋士でなければ言えないものだが、この時、その場に居た真部九段はあっけにとられたとしている。それにしてもこのような他の対局者に対してのアクシデントは珍しいが「自分のような並みの棋士には思いもつかない出来事だった」と振り返っている。

横町読後感想
時として、個人主義が高じて、その自由奔放なマナーが顰蹙を買うことがあった加藤一二三九段らしいエピソードである。自分の対局スペースが狭いというクレームは確かにつけ難い。名人経験者の中原ゆえに言い得たという気がする。居合わせた他の棋士や関係者はさぞかしあっけに取られたことだろう。

3中原

「先崎流将棋必勝法」先崎学
プロとアマの決定的な違いは、将棋を勝つ為にすべてを犠牲にしなければならないのがプロであり、プロの場合は「将棋が好き」ということは滅多にあり得ない。将棋に負けるのが好きな人は誰もいないが、アマチュアの場合は例え負けても夢や希望は付いてくる。(勝敗によって生活が伴わないので、次に勝てばよいと思えば救われる)これに対してプロは極めてシビアであり、負け続ければプロ棋士という職を失いかなねい。

従ってプロの棋界は苦しく、哀しく、時として残酷であり因果な商売である。将棋が愉しいと言えるのはアマチュアの特権であり決定的な違いである。但し、プロアマを共通して言えるのは、対局が終わったら勝っても負けてもビールを美味しく飲むことである。下戸の人にはなんだが、これは将棋盤の上のことでなく、人生の必勝法である。

横町読後感想
先崎九段は過去にうつを患ったというが、私にも同じ経験があったので興味深く読ませて頂いた。勝負の道に生きるのは、やはり並大抵のことではないし、プロとアマの決定的な違いを分かりやすく述べているという印象を受けた。最後にビールを美味しく飲む。勝てば美酒になるのだろうが、負けても腐らない。そのためには飲んで憂さを晴らす。下戸の人には申し訳ないが、なかなか人間らしい。ここに好感を抱いた。

4先崎学

横町コメント
エッセイを読み、改めてプロ棋士は個性が強い人が多いなという印象を受けました。多くの棋士は概ね個性を出すことをよしとしませんが、これが一流棋士となれば話は違って参ります。ちなみに先崎九段はよく気の置けない棋士仲間と酒を飲んで夜を明かすことがあるようです。勝負師は何かとストレスも溜まることでしょう。私はそんな先崎九段の人間臭いところに限りない魅力を感じます。彼は53歳になりますが、プロ棋士は将棋の実力だけがすべてでないということです。

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5六百横町
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コメント

こんばんは

加藤一二三九段の逸話を知りませんでしたが、
記事のようなことがあったのですね。
天然系キャラのようですね。
雲の上の存在ではありますが。

URL | ichan ID:-

私が将棋の世界に興味を持ったのは6、7年前で、まことに浅いのですが、棋士は強い弱いので実力の世界でありながら、強くても謙虚な人が多いということに感心しました…。これは、今は強くても、やがては若手に追い越されるというこれまでの歴史が、みなさんよく理解されているからだと思いました…。また、個性的な人が実に多いのも事実ですね…。一芸に秀でることと関連があるかもしれませんね…。

URL | boubou ID:-

ichanさん、ありがとうございます。

おはようございます。確かに将棋は強いのですが、自己愛なんちゃら〇〇も入っている気がします。若い頃はシャープな印象もありましたが、今は愛されるキャラクターに変貌という気がします。

ヒフミンにこのようなことを言えるのは中原氏くらいしかいないだろうということも言えます。真部氏は人気絶頂だっただけに50代半ばで亡くなったのは残念です。
ご配慮により本日も有意義なご感想を頂戴しました。おはからいに感謝しています。コメントを頂きありがとうございます。

boubouさん、ありがとうございます。

作家のエッセイというのはよほどのことがないと通常は読まないわけですが、そのよほどに値するのがこのエッセイ集でした。読む読まないの境界は、お人柄やキャラクターが自分向きか否かというところですね。そう言う意味で、真部一男氏のエッセイはすんなりと入ってきました。盤の位置が違うという申し立ては些細なことですが、棋士の力関係が出ているなと思いました。

山口瞳氏の「血涙十番勝負」はタイトルが大袈裟ですが、これはサービス精神の表れと解釈しています。将棋好き、酒好きということもあり、貴兄にもお勧めしたい気がします。団鬼六氏と言えば官能小説というイメージがつきまといますが、棋士とは濃い交流があったようで興味深く読ませて頂きました。

毎週NHKの早指し将棋を愉しみにしていますが、言葉遣い(解説者としてやや疑問を感じる癖)や振る舞い(対局中に髪を頻繁に障るなどの癖)に際し、もう少しこうあって欲しいと思う棋士は結構いますが、何せ自己ゾーンにどっぷり浸かる仕事ゆえ、自分では見えないところも多い気がします。これはこれで芸術家肌と捉えるしかないのでしょう。お陰様で本日も有意義な話題を提起して頂きました。コメントを頂きありがとうございます。

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