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JS BACH - JESU, JOY OF MAN'S DESIRING BWV 147 - ORGAN OF ST. PANKRATIUS-KIRCHE, GÜTERSLOH, GERMANY


リンク曲について
久しぶりにジョナサン・スコットのチャーチオルガン演奏である。JS・バッハによる「主よ、人の望みの喜びよ」はスコットの曲では初リンクとなる。60代後半で再び職に就きサードライフを迎えたが、気持ちをリセットしたいという心境をこの曲に託したかったのである。いろいろと波乱の多い現役時代だったが、今はすっかり心の傷も癒え過去のつまらぬ出来事を振り返ることもなくなった。

後何年生きられるかはわからないが、今は将来を向いて生きている。論語でいう「六十にして耳に順う七十にして心の欲するところに従えど矩を越えず」の域に、今の自分がどれほど近づいているのかは俯瞰できないが、サードライフで目指すべき道は既に視野に入っている。カタルシスの域には永久に届かないかも知れないが、自分の中の羅針盤は常にこの方向を指しているのである。

儒教の「儒」は潤うという意味があるが、自他が潤うべく自らが目指す領域はとにかく他人に対して礼節と仁を貫くことである。若い時分は敵だらけで、自他がともに潤うなどということなど考えたこともなかったが、長い年月をかけてようやく、この摂理が徐々に身についてきた気がする。それだけ人間が丸くなったのかも知れない。河原の石が下流に来るほど丸くなることと酷似しているが、これは今の自分が片時も忘れてならないことと捉えている。

荘厳極まるこの曲を聞くと、これまで自分が歩んできた「茨の道」を改めて思い浮かべる気がする。自分としては他人との確執や軋轢の多い、殺伐とした人生だったと振り返っているが、つまらぬ些事の数々さえ、長い人生航路という大きな視点で捉えるならば、無用の用だったのかも知れない。人は元々百人百様の感性を有するわけだが、「人の世に他人の多様性を認めずして和合はない。」今宵はそんな取り留めもない想いを胸に抱きながら、焼酎のオンザロックを嗜みつつ、ジョナサン・スコット演奏のJS・バッハの曲に酔っている。

0ジョナサンスコット

本日の仙台の最高気温と最低気温はそれぞれ、31度/24度であった。9月半ばにしては暑く、実質的な残暑のような印象を受ける。ウォーキングに関してはインターバルウォーキング(1キロほど歩いて冷房で涼を取り、間にインターバルを入れて、再びウォーキングするやり方)をしないではいいものの、日中はさすがに暑く、タンクトップ・短パン姿でも、早歩きできるほどのコンディションには程遠い。猛暑とは言えないものの、夏の延長のような気持ちである。上空を見上げると層雲に交じって積乱雲も出ている。まだまだ秋空とは言い難く、雲の掛かり具合においても、夏と秋の鬩ぎあいと言える気がする。

1雲

さて、昨日まで二日連続で昼勤、夜勤の混じった勤務体系であったが、どうにかこうにか体も慣れてきた気がする。昼勤の後で、腹ごしらえか昼寝かで迷うところだが、どうやら夜勤に備えて昼寝をしたほうがいいようだ。これだけは試行錯誤しなければわからないところだが、今は経験則として体内のリズムに刻まれたようだ。

前回の三日間の研修直後の休みの午前中(9月4日)は正直体がだるかったが、今日の朝はすこぶる調子が良い。二日勤務した後は四連休が待っていると思えば、自ずとモチベーションを高揚してくるのである。スクールバスなどの仕事は土日、祝日以外は出番だが、この仕事は集中して働き、ややハードだが、まとまって休むというパターンである。今のところいい仕事に就いた気がする。

この仕事のアドバンテージは何と言っても、人に指図される域が少ないということである。私は基本的に一匹狼だが、自分の領域に立ち入られるのを極端に嫌う。従って、この仕事は波に乗りさえすれば天職と言えるのかも知れない。

今日の午前中は仕事で履くズボンを買いに行った。送迎の仕事は派手な服装はNGだが、比較的自由度が高い。私は持ち物が多い(眼鏡だけで三種類持ち歩く)ので、作業ズボンはベトナム式(左右外側にポケットがついた作業ズボン)を好んで履いている。この恰好ならバイクにも乗れるし、街歩きも出来る。何よりもスマホを入れるのに便利である。

2ベトナム式

横町コメント
3898番目の記事になります。ここで時の人・仙台育英野球部監督の須江航監督の言葉「人生は敗者復活戦である」を借りたいと思います。サードライフこそは、私に復活のチャンスが与えられた場です。但し、チャンスは自分が能動的に動いてこそ在り得るものです。「まだまだ老いてはいられない。働いて生き甲斐を得たい。」という強い気持ちがこれに繋がりました。

数日前までは、新たな職場にいろいろと不安がありましたが、今は絡まった糸が徐々にほぐれて行くような心情でいます。先ずは、憂いる前に行動を起こしてみることです。新たな仕事に応募した際は期待半分、不安半分でしたが、逃げずに真正面から取り組むことで、いろいろと克服できた気がします。

新たな職場で、一番気を遣うのはやはり人間関係です。但し古株に対しては、腫れ物に触るというのではなく、能動的に自分から打開策を求めて打って出ることにしています。これは私が中庸(凡庸や平凡とは異なり、その時、その時に応じて何が最善なのかを模索するスタンス)を求める所以です。その結果が凶と出るか吉と出るかは神のみぞ知る域ですが、例えこの先が茨の道であったとしても失敗を恐れず立ち向かっています。

これには、50前後の自らのうつ病体験が関わっている気がします。有体に言えば「あの時の二の舞を踏んでいられない」ということです。そう思うとやはり懐刀は捨てられない気がします。温厚派(風に靡く)とは明らかに一線を画すということです。顧客はさておき、同僚の恣意性に遭遇した場合は、我慢せずに言うべきことをしっかりと主張する。ボクシングで言えばファイター(打ち合いを恐れずに常に前に出る戦い方)ですが、これが横町流の生き方です。(自分に確信を持てれば、衝突は恐れません)正直に言えば、今の職場は自己主張が通っての仕事でした。

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3六百横町
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