fc2ブログ
上杉公園、辻標 三番、東北中学校開校の地


リンク動画解説
流浪の散歩人さんの動画のリンクである。マイナーな情報になるが、仙台市の上杉公園(仙台市青葉区上杉4丁目)を動画で紹介しつつ、この敷地の前身に迫る内容となっている。事の成り行きは私が、上杉公園をバイクで訪れ、インターネットで調べたところ、期待していた情報(以前にこの土地にどんな建物があったのか)を十分に調べ得なかったことに端を発する。仕方なしにYouTube検索をしたところ、この動画を発見した次第である。(敷地の南側の北一番丁側から撮影)

1隅の部分

こちらは敷地の東側に面する二本杉通である。藩政時代は侍町だったところである。

2二本杉通だ

敷地の角にはこのような町名碑(辻標)が建っている。二つの通りに面するところには町名(北一番丁・二本杉通)が彫られており、裏側にはそれぞれの通りにちなんだ逸話が記されている。それによるとこの地は東北農政局跡地だったことがわかる。実は私の父もこの庁舎に通っていた時期があった。(往時の住まいは現青葉区梅田町)昭和30年代中頃の話である。

3北一番丁石碑

町名碑の少し西側に目を移すと、このような石碑(東北中学校開校の地)が建っている。東北中学校とは現東北高等学校のことである。東北中学校の前身は仙台数学院(1894年/明治27年開校)であった。従ってこの碑は東北高等学校卒業生有志によって設置されたものと思われる。

4東北中学開校の地

公園内には様々な種類の樹木が植えられ、訪問者の目を楽しませてくれる。この日は付近の幼稚園児が訪れていた。

5紅葉

園内には樹木案内図が設置され、興味の尽きないものを重ねた。

6樹木案内図

敷地の南東角には銀杏が植えられている。ここ数日の冷え込みで一段と黄色味を帯びたようだ。

7銀杏の木

横町コメント
3961番目の記事となります。実は北一番丁は明治37年(1904年)、志賀直哉が21歳で山形旅行した際に立ち寄った場所(大叔母が住んでいた)とされます。(小説『山形』より:拙記事「志賀直哉 明治37年の山形の旅」URL)https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-1536.html閲覧は自由

と言うことは、志賀直哉が仙台数学院の辺りを訪ねたのかも知れません。もちろんこのような情報は非常にマイナーなものであり、アナログ上でもデジタル上でもヒットしません。それだけに私が書かねば誰が書く?という思いに駆られます。同時に過るのは我が父が生前にどんな思いで、ここに来ていたのかということです。あれから六十数年が過ぎました。本日は親父への供養を兼ねてこのような記事を書かせて頂きました。

本日も最後までご覧頂きありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。
 ▼▼▼


8六百横町
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)