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松本清張③】松本清張櫻井秀勲の深い関係とは?


リンク動画解説
YouTube「櫻井秀勲の書斎」からのリンクである。櫻井秀勲は作家としては松本清張の後輩格だが、光文社に入社した駆け出し時代に清張に可愛がられた。櫻井氏は若手ながら、清張の才能を見出して仕事をどんどん発注している。二人は仕事を依頼する側の編集者と作家という関係のみでなく、プライベートでも親しく交際している。今回紹介する動画をご覧頂ければ、その片鱗がおわかりになるものと察している。

1松本清張と櫻井秀勲の運命の絆

松本清張は作品を書く前に執筆の舞台となった場所を必ず自分の足で確認したという。『波の塔』(1960年発表)を執筆する際、清張は編集者の櫻井氏(当時は光文社所属)を伴い、入ったら二度と出られないと言われる富士の樹海青木ヶ原)に入ることになった。取材は恐らく50年代後半と思われるが、この件に関して興味深い逸話が残っている。

この時はユースホステルの主人のはからいで、長靴や赤い縄(万が一迷っても縄を辿れば戻れる)を渡され、二人は決死の覚悟で西湖の脇から入ったとしている。この時は途中で清張が「もうこれ以上入りたくない。櫻井君と心中したくない…」と述べたという。二人が富士の樹海に入った理由として『波の塔』に登場する女主人公を死なせるわけに行かず、富士の樹海で迷ってしまったというストーリーであったためと櫻井氏は語っている。

光文社からはその後カッパ・ブックスカッパ・ノベルス)というシリーズ本が出され、これに寄稿した清張は推理作家として大成功をおさめるに至ったという。清張は櫻井氏よりも22歳年上だが、編集者の櫻井氏とは厚い信頼関係で結ばれていたようだ。

2樹海

横町コメント
松本清張の小説は背景の描写が細かいですが、そこに徹底した現場主義(現地を自分の足で歩くことを重要視した)を感じます。『波の塔』はまだ読んでいませんが、櫻井秀勲氏の話を聞き、近いうちに是非読んでみたくなりました。

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10六百横町
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