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 Richard Wagner - Tannhauser - Grand March 
リンク曲について
「タンホイザー」は1845年ワーグナー作曲のオペラ音楽である。グローバルが叫ばれて久しいが、現代社会では主義主張の違う民族国家が如何に対話を交わし、共存共栄を実現するかが大きなテーマである。それに反して国家第一主義を唱える大統領も居るが、これが高じれば再び戦争に突入することも在り得る。言うまでもなく、世界和平は微妙な力関係で成り立っている。米ソの冷戦は双方の力が拮抗していたからこそ続いたのである。逆を言うならば実力の拮抗しない関係での冷戦などは在り得ない。弱者は強者から侮られる運命にある。こうしたことが生きた教材であると考えるならば、今まで人類の歩んできた歴史はけして疎かに出来ないと改めて感じるのである。

話は変わるが、世に自分の社会的地位を鼻に掛け、錯覚に陥り高飛車に出る連中を私は飽きるほど見てきた。彼らに共通するのは、儒教で言う「徳治主義」を知らない、或いは知っていてもこれを履行しようとしないという姿勢である。そんな連中を見ると寂しい気がする。福沢諭吉は「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と言った。その真意は個々の全ての人間は対等であるということである。国家にとって「誇り」は欠かせない理念であるが、人にとっても大切なものである。人はどんな境遇に際しても矜持を失うべきではない。ワーグナーのオペラ音楽「タンホイザー」はそれを改めて、我々に教えるものである。
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本日は、今脚光を浴びている「みなし残業」について述べたい。実は自分の身近な人物がつい最近この「みなし残業」に不満を感じて組織を辞めていった。「みなし残業」とは一体何なのか?下図をご覧願いたい。それは一箇月のうちの残業手当を最初から見込んで固定残業代として支払う制度のことである。ここで着目するのは残業が行われても、行われなくても支払われる点である。

実はセカンドライフの就職活動で自分が就職斡旋会社から紹介されたのが、この手の会社だった。結論から言えばこういう企業はブラックに近い会社である。(全てとは言いません)例えば或る会社が固定残業代をAという社員に月に30時間の残業を見込んで、払っているとしよう。Aは心中で30時間の労働をこなさねばならないと考える。これにつけこんで、Aの上司は思い出したように、毎日終業間際にAに残業を申しつける。Aは30時間の枠(みなし残業手当)があるのでこれを断り切れない。今日は早く帰れると思ったAはここでくじけることになる。

もっとひどい企業になると、月30時間の枠を超えても残業や休日出勤を申し渡して、30時間を越えた分の残業代を払わない。「みなし残業」を採用している会社が全てとは言わないが、その多くが社員を泣き寝入りさせているのである。自分はそんな企業の思惑が見えていたので、就職斡旋会社から紹介された企業(月45時間の、みなし残業あり)を蹴った。自分は企業に媚を売らないし、労働の安売りもしない主義である。そう考えてみればこれは正解だったと思っている。

横町挨拶
今の自分は裁量労働制(労働者自身が日々の労働時間の長さや労働時間のシフトを決定することができる制度)とフレックス制(労働者自身が日々の労働時間の長さやシフトを自在に決定することができる制度)を認めてもらい、大変働き甲斐のある職場を提供されています。これは自分が主張したからこそ実現したことです。

自分が若年の労働者にアドバイスしたいのは「みなし残業を採用している企業の都合に流されるな!」ということです。終業間際に残業を言い渡すこと自体、人を使う資質に欠ける(段取りが悪い)ということです。そんな素振りが見えた時点で躊躇なく「残業するならば、終業間際に言わず計画を立て、初めからそれを見越して言ってもらいたい」と言うべきです。

これが早い段階で言えないと益々上司の術中にはまりかねません。上司とのコミュニケーションは確かに重要ですが、上司を畏怖し過ぎてもいけません。「和して同ぜず」の範囲に留めるべきです。会社を辞めるか、辞めないかという大事な判断を、つまらない上司一人の為に決めるべきでないからです。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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