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 木枯らし紋次郎 中山道は血に染まった 
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昨年末に定年退職を果たした私だが、現役時代を振り返ると満身創痍のゴールだった。その理由はいつ首を撥ねられるかわからない毎日だったからだ。これはけして大袈裟な表現でない。殺るか殺られるか…そんな意識が私の脳裏を離れた日は一日もなかった。そんな息詰まる日々に帰宅してから単身赴任の亘理(宮城県南部のローカルな町)のアパートで、一時の解放感に浸って聞いたのが木枯し紋次郎のこの主題歌だった。

私は木枯し紋次郎に成りきることで、最大の敵である油断を遠ざけるように努めたのである。その気持ちは今でも心の奥底に生きている。この気持ちは恐らく私が完全に隠居の身となるまで続くことだろう。はっきり申し上げよう。私は心の中に今でも長脇差を持っている。実は先日職場の若い社員に一言だけ発した言葉があった。「君に悪気のないのはわかるが、俺はタメ口は苦手なんだ。従ってタメ口だけは止めてもらえるか?」と。

今の職場は以前の職場とは異なり、老いも若きも和気藹々とジョークを言い合い、なかなか良好な人間関係を構築している。しかしその中でもどうしても譲れないのが若年者からのタメ口である。私の言葉に対してその若手社員は「わかりました」と返した。恐らくこんなことを言われたのは私が初めてなのだろう。それから彼とはあまり口を利かないようになった。大人気ないと思われるかも知れないが甘く見られてはいけないと思ったからである。

ところで、笹沢左保の作品である「木枯し紋次郎」の一節によると、江戸時代ヤクザ者の本場といえば何と言っても上州であったという。当時一流の渡世人に必須とされていた事項は四つである。①と②度胸と③反骨精神そして礼儀作法である

上州(今の群馬県)の渡世人はとりわけ上下関係に厳しく、上州で長年修行を積んだ渡世人は「上州長脇差」と呼ばれ、他の渡世人のみならず堅気の人間からも畏敬の念を抱かれていたという。私はそんな紋次郎と己の生き方に共通性を感じ、ポエムを作ってみた。

ポエム「私が仁義の長脇差を抜く時」

一番:今まで数々の修羅場をくぐり抜けてきた。もうダメかと思ったときも何度かあった。しかし俺には度胸がある。それゆえどんな場面に出くわそうがおじけづくことはない。長脇差は飾りではない。いつでも抜く用意が出来ている。俺は伊達に場数を踏んでいるだけでない。



二番:今まで俺を力でねじふせようとした刺客が何人か居た。しかし俺には信ずる己の腕がある。どんなに相手が勇んできてもけしてひるまない。相手が手ごわい奴なら身を切らせてもいい。俺は隙の出来た輩の急所に長脇差の一撃を見舞い、輩の骨を砕くのだ。



三番:今まで権力で俺を潰そうとした輩が何人か居た。しかし俺には上州長脇差仕込みの反骨精神がある。威勢を振り回す輩どもは俺の敵でない。さあ、出てくるがいい。俺は誘いの隙を作り、大義のないお前らが出てくるのを待ち、それを粉砕するのだ。



四番:今まで礼節を知らぬ輩が俺に喧嘩を売ってきた。しかし俺には人生経験によって培われた仁義がある。礼節と仁義のない輩に俺は恐るるに足りない。さあ向かって来るがいい。俺はそんな輩に対し、躊躇なく仁義の長脇差を抜くのだ。

筆者挨拶
堅物と思われるかも知れませんが、私は礼節と仁義を尊びます。それなくして良好な人間関係は在り得ない。これは論語における孔子の教えとまったく同じです。ブログにおいても同じです。礼節と仁義のない人間とは別れることも厭わず。私はこれを己の信条として、これからもブログを続けて参りたい所存です。もっと具体的に申し上げましょう。初コメントにも関わらず「初めまして」と言えない人物、フランクという名目の基でタメ口を利くブロガー…、これは私には論外ということです。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。



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