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 Ireland's Call 
「アイルランズ・コール」歌詞
来たれ日よ時よ
来たれ力よ栄光よ
すでに答えはでている
我らが祖国の叫び
誇り高きアイルランドの四地域からの叫び
アイルランドアイルランド
共に高く立ち上がろう
共に肩を並べてアイルランドの叫びを歌おう 
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ダンプ運転はとにかく楽しい
私は物心ついた頃からバスの乗るのが好きだった。母親につれられよくバスに乗ったが座る席は決まって最前列だった。市街地、郊外を問わず、車窓に広がる景色も楽しみだったが、力強いエンジン音に聞き入ったり、ドライバーのハンドル操作やギア操作に見入っているうちに、いつしか自分もこういう大きな車を運転してみたいという気持ちにとらわれるようになっていった。こうしたバスへの憧れは小学校三年の時のバス通学で更に顕著になった。この時は石巻市内で片道30分ほどのバス通学だったが、一個月も経つとエンジン音を聞いただけでメーカーを当てられるほど、マニアなったのである。


その一年後、小学校四年となった私は仙台に転校した。家は新興住宅地にあり、周囲は住宅もまばらで、まだ団地造成の工事が行われていた頃であった。私はブルドーザーが往復する工事現場を見物するのが好きだった。ある日のことだった。ブルドーザーのオペレーターから「どうだい、坊や、良かったらブルドーザーに乗せてあげよ?」と聞かれた。私は喜んで首を縦に振った。初めて乗せてもらったブルドーザーのことは今でもはっきりと覚えている。



ブルドーザーのエンジンが唸れば、人力ではとても動かせない大きな岩や、土の山もひと押しだった。荒々しい機械音とエンジンの咆哮が入り混じり周囲を圧倒する。これほど力強い躍動感を感じたのは生まれて初めてだった。私は子供心に、ブルドーザーの絞り出す圧倒的なパフォーマンスに酔いしれた。それから数日後にはダンプカーにも乗せてもらった。パワーショベルで山を削って出た土砂をダンプに積み込むのだが、荷台に土を積み込む際は結構振動が伝わる。何よりも土砂を満載したダンプが走り出す際は感動を伴うものだった。「自分もいつしかこのような大きなトラックを操縦してみたい」私はそんな思いにとらわれながら帰路に着いた。


それから数十年が過ぎ、少年もすっかり年を取った。バスやダンプカーのドライバーになるのを諦めてから実に半世紀が過ぎていた。そんな私に再び蘇ったのがダンプカーの運転席につく夢の再燃である。昨年の8月、間もなく定年退職を向かえようとしていた私は或る決断に迫られた。それは在籍した会社の再雇用の依頼を受けるか否かということだった。

私は建築技術者としてそれなりのライセンスを持ち、現場管理において三十数年のキャリアがあったが、セカンドライフにおいてこれを続けるかということを考えると、どうもピンと来ないものがあった。それは顧客と業者に挟まれることに煩わしさを感じたからである。現役時代は家族のために耐えに耐えたが、セカンドライフでは、こうした辛抱にピリオドを打ち、もっと夢のある仕事がしたかったのである。従って、在籍した企業の提示した半日就業という条件は意地でも受け入れられない条件だった。


熟慮を重ねた私が決断したのは大型一種免許の取得である。教習所には6月11日から通い始め、順調に過程を終え、6月20日に待望の免許を取得した。免許を取得してから数社のダンプ会社の採用面接を受け、三度ほど不採用となり諦めかけたが、四度目の挑戦でようやくダンプカーのドライバーの座を得ることが出来た。この会社への初出勤は7月24日だったが、天候が悪くて数日の間、ダンプカーに乗ることはかなわなかった。そんな私を待っていたのは型枠組みや人力掘削などの重労働だった。


手洗い洗礼を受けた後の私の大型ダンプカーデビューは忘れもしない。7月27日のことだった。メーカーは日産ディーゼル(UD)のクオンというダンプカーである。ギアは7段変速であるが、この現場で主に使うのは速~4速、悪い地盤で重量物を運ぶという特性上、エンジンは低速から大きなトルクを発揮するよう設計されている。



この現場の道路はけして広くないので方向転換をする際のハンドル操作が結構忙しい。崩れそうな路肩を目いっぱい使わないと方向転換出来ないのである。これに慣れるには数日を要した。やはり運転を大脳で考えているうちは乗りこなせていない。体で覚えた時こそが小脳にインプットされた時であり、初めて乗りこなせたと捉えている。


大型ダンプカーは4トン以下のダンプカーと違い、ツーデフ(車軸を通したエンジンからの回転をタイヤ、ホイールに伝える機構)と言ってデフがダブルに付いている。従って悪路での走破性が高く、はまりそうになった際の脱出力に優れているが、そんなツーデフをしても這い上がれなくなるような深みに入ってしまうことも珍しくない。

ダンプカーの車輪が土に埋まって自力で上がれなくなった場合は重機(掘削機)のバケットで後ろから押してもらう。こういう際は重機オペレーターとタイミングを合わせる必要もある。こういう際は、誠意を示す意味でも、ダンプから降りて行って、ジェスチャーなどでダンプを押してもらいたいという意志表示をしなけらばならない。従って自己主張の苦手な人物には結構難しい仕事なのかも知れない。



雨天時には現場の路面コンディションが悪くなり、鉄板を敷かなとダンプが入れなくなる。そんな際は鉄板敷きの手元もしなければならない。これは結構きつい仕事で、泥と汗にまみれる荒仕事である。また悪路走行をしなければならないダンプカーにとってはパンクも大きなリスクである。この稼業はけしてたやすいものではない。空調の効く車内にただ乗っているだけでいいというわけには行かない仕事だからである。私はそんな誰にでも勤まる仕事でないというところに限りない魅力を感じるのである。

最後に晴れた日のダンプカーの運転は最高である。この瞬間全ての苦労が吹き飛ぶと言っていい。乗用車の運転をドライビングとするならば、ダンプカーの運転はクルージングである。エンジン音、振動、サスペンションの作動によるショックの吸収…あばたもえくぼという表現が最も似合うのがこのクルージングである。だからこそ、私はまだまだこの仕事にはまりそうな予感がするのである。
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筆者挨拶
何度も申し上げますが在籍した企業の再雇用を蹴ったのは大正解でした。恨みごとは無用、退職金とセカンドライフ支援金をもらったことでこの企業に私は見切りをつけたのです。金さえもらえば用はない。別な仕事で一旗揚げて逆に見返してやる。そんな強い気持ちが新たな挑戦に繋がったのです。

そして今は新たな境地で充実したセカンドライフを満喫しています。悪天候続きの昨今の天候ですが、明けない夜はないのと同様に明けない悪天候はない。そんな信念が既に私の心の奥底に芽生えています。多くの登山家は「そこに山があるから自分は山に登るのだ」と述べていますが、今の私は「その仕事に困難があるからこそ、その仕事に進んで身を投じるのだ」と述べたい所存です。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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