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盆休みも後半となった本日、私は息子を伴って故郷石巻を訪ねた。墓参りを済ませた後で向かったのは牡鹿半島である。私は仙台藩士・支倉常長がメキシコに向けて出航したとされる月浦を息子に見せたかったのである。

地図で宮城県牡鹿半島を確認して頂きたい。
紫:月浦
黄色:鮎川
桃色:女川原発
赤:女川

現在の月浦はご覧の通り、震災の傷跡は完全に拭い去れてないものの、数人の釣り人が訪れていた。

月浦を出た後、鮎川に向かった。震災前まであったホエールランドはなくなっていたが、ホエールランドに展示されていたキャッチャーボートはご覧の通り残っていた。

鮎川港には多くの漁船が停泊していた。向こう側に見える黒い島影は網地島である。

この後、金華山の見える場所(黒崎近く)に移動した。私は小学校3年のとき、祖父母に連れられてこの島に一泊したことがあった。その様子は我が自叙伝祖父からのメッセージ(2009年12月9日、ヤフーブログに発表)に綴っている。

息子にはだいぶ前にそのことを話したことがあった。私の祖父は寡黙であったが、恐らく先祖は葛西家臣(言い伝えによると祖は岩手県に住み、葛西滅亡後は伊達に抱えられ、北上川普請などに携わる)の血を引く人物で、軍人でもあり、身をもって「人間は鷹揚に、磊落に、そして誇り高く生きなければならない」というメッセージを私に残した人物であった。その生き様は今の私に強い影響を与えている。

五十数年前の私の思い出話を、息子は感慨深く受け止めながら、霧に覆われた金華山をしばし見つめていた。

女川に向かう途中で女川原発PR館に立ち寄った。その後、女川の商店街で食事をして牡鹿半島に別れを告げた。

ミック挨拶
牡鹿半島先端の金華山は、以前からどうしても息子に見せたいと思っていました。本日は長年の念願がかなって本当に良かったと考えております。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。


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