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私は昨日付けで卒業した自動車学校に手紙(アドバイス)を書いた。その趣旨はあくまでも揚げ足取りでなく、同校の一層の発展と、教習生が不快な思いをしないことをを願ってのことである。本日は個人情報を置き換えた上で、その手紙をネット上で公開したい。
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○×△ドライビングスクール御中


 去る6月19日に大型一種免許を卒業した横町です。先般は大変お世話になりました。先ず、6月20日に懸念された運転免許センターでの深視力試験をパスして、同日中に無事に免許を取得できたことをお伝え致します。これには感謝申し上げます。さて、これから述べることは、あくまでこれからの貴校の更なる発展を願ってのアドバイスであることを初めにお断りしておきます。


1、一部の指導員の礼節、言葉使いについて
 これについては、6月17日に抗議文(是正勧告書)を提出し、その後責任者のかたから謝罪を頂いたため、内容は割愛します。教習生は生徒であると同時に、貴校にとって客でもあります。貴校に在籍する職員の給料は一体どこから出て来るものなのか、そのことをくれぐれも忘れることのないよう、今後の指導に活かしてください。


2、能力を大きく超えた指導について
 人間一人一人には様々な個性と能力があります。従って教える側には全てに同一なスタンスでなく、個々の特性にあったものが求められます。即ち、能力が30しかない人間に100のものを詰め込もうとすれば、当然消化不良を引き起こしかねません。この指導員のかたが熱心なのは良くわかりますが、ほとんどの人間はいっぺんには高いレベルには到達できません。取り返しのつかないような重大なミスはともかく、多くの教習生は些細なミスを何度も繰り返し、失敗を重ねてこそ、技術を習得できるものと考えます。


 具体的には彼の教習には逃げが全くなかった。構内での車輪の軌跡の厳格な指定、方向変換時に切り返しを許さない厳しい姿勢は教習生への指導の領域を通り越し、プロドライバーのトラックドライビングコンテストに近いものを感じました。卒業検定では3回まで切り返しが認められていますが、彼はそれをこちらから聞かない限り述べなかった。ニュアンス的には、彼は絶対に一回で方向変換を決めないといけないという厳格な姿勢だった。これには大きなプレッシャーを受け、今まで築き上げてきた自信も粉々に吹き飛びました。私は時に、教習生を励ますのも指導員の裁量と捉えています。


 路上に出てからもそうです。確かに安全は最優先されるべきものですが、彼にはMUST(必ずしなければならないこと)とMAY(したほうが良いこと)の区別がなかった。例え、MAYの領域においても自分の言う通りに教習生がしないと気が済まなかった。こういう姿勢に接すると多くの教習生は萎縮してしまい、追い込まれ本来の力が発揮できなくなるだけでなく、自信も失います。


 どこを探しても、完璧な人間など誰一人居りません。然らば、完璧でない人間に完璧を求めること自体矛盾があります。仮にその教習生が30くらいの力しかないと感じたなら、70や80くらいの指導で十分(教習生が萎縮してしまわないよう、精神的に極度に追い込むことを避け、少しずつ伸びて行くのを助けるのが指導員の役割)と思います。私は彼の教習を終わった後で、非常に疲れるものを感じました。人によっては嫌気さえ差すのではと受け止めております。


 また、この指導員は一部の教習生の「楽しみながらの教習」に異議を唱えていましたが、彼は「楽しみながらもいいが、真剣に教習を受けようとするならば、必ずしもそうでないはず。教習生が学生の場合は父兄に電話して同意を取り付けることもある。」と言っておりました。彼の理論はけして間違ってはいないが、教習生は客でもあります。もっと各々の考えを尊重して頂きたい。仮に、教習生が真剣に教習を受けなければ、終了検定や卒業検定に落ちるわけで、因果応報であり自業自得でもあります。従ってこれは敢えて指導員が口にするべきものではない(彼の発言は本来教習生が自ら悟るべき領域への突っ込み)と考えます。



3、一部の指導員の安全意識について
 私は今まで或る企業の安全担当者として朝礼やKYK(危険予知活動)、現場の安全パトロールなどをしきり、指導によって社員の安全意識高揚に取り組んできた立場ゆえ、次に述べることは貴校へのアドバイスとお受け取りください。


 安全とは自主性を育てる場でもあります。現役時代、朝礼後のKYKで私が常に心がけていたのは、社員の自主性を重んじやる気を摘み取らないことです。従ってその社員が安全指向の目標を立てたなら、それを尊重し認めてやるようにしていました。但し安全目標で重点事項が欠落していたり、危険側となった際は指導をしていました。


 今回の路上教習において、貴校の指導員の一部には見通しの悪い交差点でもこちらが優先道路だから徐行する必要がないと述べたり、T字路での右折時に左折してくる車両に対して見切り発進を認める指導が認められました。これは交通安全を指導する立場としては甚だ間違った姿勢と受け止めております。運転時に求められるのは、公安委員会の言っている通り「だろう運転」でなく「かも運転」です。これに対しては、責任者のかたと指導員一人一人の自覚を促したいと考えます。


4、貴校で行われている入校時の深視力検査について
 今、行われている貴校の入校時の深視力検査は運転免許センターで行われているものと大きく異なり、検査を合格させるためのものです。即ち、運転免許センターで行われる検査が三回の合計での誤差を対象としているのに対して、貴校の検査は失敗しても合格するまで何度でもやるということです。(6月11日に経験済み)


 実は私が6月20日に管轄の運転免許センターで深視力検査を受けたとき、機械式スコープのもので一度不合格となり、しばらく待たされ、窓際で別な機械を使った試験でようやく合格しました。この検査を通るために前日から当日の朝にかけてインターネットで深視力検査に合格するコツを読みあさったために、周到な準備があってこそ合格したと認識しております。


 中にはこの検査がどうしても通らないという理由で、わざわざ他県の眼鏡店に足を運んで、深視力用の眼鏡を新調したり、苦労しているかたが居るのを知りました。このようなリスクがあるにも関わらず、合格させるための検査を実施している貴校のスタンスには疑問を持たざるを得ません。せめて事前の説明(運転免許センターで深視力検査に合格しないと免許証は手にできないというアドバイス)が欲しかったと思います。


まとめ

 少し辛口のことを並べましたが、冒頭で述べた通りあくまで貴校の今後の発展を願ってのことゆえ、何卒宜しくお取り計らいのほどお願い申し上げます。



        2017年6月24日   
        大型一種免許合宿教習卒業生 横町
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横町挨拶
 私は自分のブログを新聞の社説欄のような位置づけで使うことがございます。即ち、世論に訴えるということです。本日は○×△ドライビングスクールのみでなく、世の教習所の多くはこうした風潮があるのでは?という見地に立って記事を立ち上げました。読者様はどんな印象をお持ちでしょうか?取ろうとしているのはライセンス、従って私は明らかに学校教育とは異なるもの(プラスアルファーとして自分のスキルを上げることを目的とした技能習得活動)と解釈しています。

 勘違いして頂きたくないのは、教習員の大半のかたはマナーもしっかりしていることです。私はこの記事をそういう一部のかたや彼らを指導する立場の方々、経営者にも読んで頂きたかったのです。教習員は安全運転を司る立場ゆえ、厳しくなるのは致し方ないのは百も承知しています。但し、教習生の自主性ややる気を摘み取ってはならない。自分を押し着せるのはほどほどにして、教習生の個性と上手く付き合いそのポテンシャルを伸ばすことも肝心。これが本記事に趣旨にございます。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。



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