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 Boz Scaggs - You Can Have Me Anytime 
リンク曲について
私は以前からブログにYOU TUBEリンクを貼り付けている。曲をリンクさせることで己の想像を掻き立て創作に繋げる。ボズ・スキャッグスの「ユーキャンハブミーエニイタイム」、この曲はかつて車のコマーシャルに使われたことがあった。私の青春時代に聴いた時は随分大人びた旋律に聴こえたものだった。本日何年かぶりでこの曲を聴くと、大人びた曲というよりも人生の黄昏を迎えた今の自分にピッタリ来る印象がある。若かりし頃のほろ苦い思い出に浸りながら片手にオンザロックをとり、目を瞑れば、そこにはセンチメンタルな情感が蘇ってくるのである。

井上靖の小説に「遠い海」という作品がある。靖はこの中で「人間というものは、みんな遠くに見える海のようなものを持っていますよ。目をつぶると、 どこか遠くに海の欠片のようなものが見える。そこだけ青く澄んでいます。」と描いている。「遠い海」という比喩は実らなかった異性への想いであり、その中には澄んだものがあり、あたかも遠い海を想うが如く、生涯に渡って持ち続けるものとしている。ずっとそんな遠い海を心の片隅に持ち続けてきたが、人生の黄昏を迎えた今は、遠い海も蜃気楼と見分けがつかないものとなってきた。
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エッセイ「私がタメ口を使わない理由」
そう言えば私は五年近く前に自分の心情を群青色の如しと述べたことがあった。夕闇迫る仙台市郊外に往時の自分の心を重ねてのことだった。これまでの私は、けして日の当たる道ばかりを歩いてきたわけでない。従って過去のことは出来れば消したいという思いもある。今思い起こせば、過去を消したいという気持ちが群青色の闇に紛れたいという心境に繋がったのかも知れない。それだけこの頃は不安と焦燥に駆られていたのかも知れない。不安と言ったのは、このまま自分が無事に定年を迎えられるのかということが大きかった。うつ病を患い、信用と名誉を同時に失った私にはそれが大きな悩みだったのである。

信用はともかく、失った名誉を取り返すのは難しい。それは一度貼られたレッテルによる偏見や蔑視と戦う必要があるからだ。私はこの問題に真っ向から挑んだ。その手始めが「さんづけ運動」の推進である。一部の人間に君付けとさん付け、役職付けを使い分け、人をランク付けする傾向がある。私は会社で君付けされた際に「君付けは止めてもらえますか?あなたと私は人間としては対等です。従って、たかが会社の役職の違いだけで人格を軽んじられるのを私は望みません。」と応えた。これによって私は一気に浮いた存在となっていった。このきっかけになったのが或る上司Aの言動であった。自分より若い社員Bが上司になったとき、私はそれまでの習慣でその上司を君付けしていた。

上司Aは或る日の会議の場でこう言った。「B君はこの都度課長になったのだから、本人の自覚を促す意味でB課長、もしくはBさんと呼んで欲しい」と。ここで私は意義を唱えた。「わかりました。でもBよりも年上ながら、昇格できなかった私の心情も察して頂きたい。Bをさんづけで呼ぶのはいいですが、私自身もBさんと同じようにさん付けで呼んでもらいたいのです。でないと私自身の人権が軽んじられることとなります」と。数秒間の沈黙のあと、この上司Aはこう告げた。

「わかりました。ミックさん」…。これ以降、私は上司Aのみならず、事業所全員からさんづけで呼ばれることとなった。こうした経緯もあり、私は会社にさん付け運動推進を提案した。数ヶ月の後、さん付け運動提起がうやむやとなりつつあった時、会社のTOPからさん付け運動不採用の旨が発表された。採用に至らなかった理由は「さんづけ運動が会社の業績に繋がるとは思えないから」ということだった。


それでも私は自分だけでもと思い、さん付け運動を続けた。面倒なのは別な事業所から出張などの用事で来た取り締役から「ミック君」と言われたときだった。私はその都度「君付けは止めてもらえますか?あなたと私は役職が違っても人間としては対等ですから。」と述べ、固く君付けされるのを拒否した。言葉遣いが悪いと「もっと丁寧な言葉を使って頂けますか。」と述べて是正を求めた。但し、自分が人にモラルを要求するからには、それ以前に自分がモラルを守らなければならない。思い起こせば、私の定年前数年の孤立はこうしたことが災いした所以と捉えている。何故ならばここまで言葉遣いや呼び名にこだわった社員は前代未聞だったからである。

モラルに欠けた者はどこの企業にも居る。そういう者ほど猿と猿使いの儀式をしたがる。即ち、噛み付いたほうが勝ちという図式である。私はそんな猿使いの儀式をことごとくブレイクしてきた。ブレイクすることで自分の名誉を守ったのである。但し、魂を売らなかった代償も大きかった。スマートな生き様をするならば、上司に好きなように呼ばせたほうがいいのかも知れない。でもどうしてもそれが出来ないのがミックという人物なのである。最後に私の理想的な組織運営術を述べさせて頂きたい。「組織は統制者の強権をもって治めるものべきものではなく、徳をもって治めるべきものである」(論語の徳治主義)

ミック挨拶
本日のエッセイをご覧になってミックはつまらないところに意地を張る人物だと想ったかたもお在りかと受け止めております。礼節は良好な人間関係を営む上で大切なことですが、強要するべき筋合いのものではございません。それでも私は名誉(あくまで自他)のために為すべきことは心がけて参りました。

これはブログでも全く同じにございます。私はヘッダーに「フランクという名目の下に、礼節仁義が疎かにされるのを好まない。」と書いていますが、私の絶対譲れない部分でもございます。私がブログで人様にタメ口を使わず、また使われたくないのはそういう意味にございます。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。


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