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昨日、私は思うことがあって仙台市東部の蒲生地区に足を運んだ。先の震災で壊滅的な被害を被ったこの辺りだが、今は盛り土も進み、新たな敷地にはアスファルトや生コンクリートのプラントが建設されている。

太平洋フェリーが着岸する仙台港方面に目を移すと工事中の広大な土地が広がっている。付近の道路では大型ダンプカーがひっきりなしに往来しており、公共事業による大規模な土木工事が進められているようである。

私は例によって、道路の整備された地点まで車で訪れ、トランクから折りたたみ自転車を取り出して付近をポタリングすることにした。

Google航空写真で昨日訪れた仙台市宮城野区蒲生地区を確認して頂きたい。

この海岸は蒲生干潟とも呼ばれていて野鳥観測などもできるスポットである。

堤防沿いに歩いて七北田川河口方面に向かうと津波で曲がったままのフェンス支柱が、いまだに残っている。

これはほぼ7年前(2010年5月22日)に撮影した写真(今回の撮影した地点からやや北側)である。道路や堤防だけを見る限りでは、とても同じ地点とは思えない。
7年前の記事へのリンク:蒲生干潟へのツーリング

これは現在の日和山である。
日和山(仙台市)以下Wikipediaより引用)
仙台市北東端の太平洋・仙台湾に面した場所にあり、七北田川河口の北側、蒲生干潟の西に位置する築山。かつては標高6.05m、山塊が南北約40m、東西約20mあり、数本のが植えられていたが海側への眺めが良く、初日の出の名所ともなっていた。登山道は山塊の南西部に1つ整備されており、14段の階段が設置されていた。昭和期に日和山の北麓に川口神社(1374年創建)が遷宮してきた。

一時、国土地理院の地形図に載っている山としては日本一低い山に認定されたが、天保山(大阪市)が再掲載されたためその地位を譲った。そのため、山頂にある「日本一低い山」と書かれていた案内看板には"元祖"の文字が書き加えられていた。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震によって地盤沈下に見舞われ、さらに津波の直撃を受けて蒲生干潟と共に消滅したと報道され、同時に川口神社も津波で流失した。しかし地元住民がその場所に砂利を積み上げたこともあってか、2014年4月9日、国土地理院による調査により、標高mの山として認定されたと報道された。これにより、18年ぶりに天保山を下回り、「日本一低い山」に返り咲いた

これが7年前に私が撮影した日和山である。山の盛り上がりといい背景といい、とても同じ場所とは思えない。

干潟からやや内陸側に戻ると高砂神社がある。

高砂神社の脇には六本松が立っている。震災にも関わらず枯れずに残ったようで、胸を撫で下ろすような心境である。

ミック挨拶
万物は無常とは知りつつも、同じ地点が震災によってこうも変わることには改めまして、驚かされます。この蒲生地区も震災で多くのかたが亡くなられました。私は改めて、亡くなられたかたがたの鎮魂を感ぜずには居られませんでした。日和山は無残な姿になりながらも我々に「ネバーギブアップ!」のメッセージを発しているように見受けられました。一方で鎌倉時代からゆかりのある川口神社の流出はとても残念なことでしたが、すぐ近くの高砂神社が再建されほっとするものを感じてきました。

現在七北田川河口の沿岸では堤防のかさ上げ工事が行われていますが、これを一つの通過点として、かつて水運で賑わった蒲生の地に、再び活気が戻ってくることを祈念したいと思います。それにしても、この辺りを見る限りにおいては、建設業(特に土木)の震災景気は今後もしばらく継続していくように思えました。

私自身もこれからのセカンドライフに向けて大きなモチベーションを得た気が致します。物事を成し遂げようとする際は己の足元に目が向き勝ちですが、本来はもっと遠くの部分(コンセプト)に視線を置かねばなりません。自分のセカンドライフも全く同じで、見据えるべき部分は遠くにありと捉えています。私ははっきりとは申しませんが、朧ながら目指すべきものが見えてきた気が致します。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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