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 Beethoven Symphony No.6-1(田園) 
リンク曲について
私が宮城県南部の亘理町に引っ越したのは2年2箇月前の2015年3月末のことだった。亘理町は周囲を田園地帯で囲まれた長閑な町である。私にとってこの町を彷彿するのに最も相応しい曲が、ベートーベンの格調高いクラシック「田園」である。
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随筆「亘理時代の思い出」
私が亘理町に住んだ期間は2015年の春から2016年の秋の間の一年半であった。たった一年半の単身赴任生活だったが、今思い起こせば非常に印象深い滞在であった。ここ時の勤務地は福島県相馬市だった。

毎朝5時50分には家を出て、亘理駅前発のJR代行バス(この時はまだ常磐線が相馬まで開通していなかった)の始発に乗車して相馬に向かった。バスの乗車時間は約1時間、この時の私は車窓からのローカル極まるロケーションにどんなに癒されたか計り知れないものがある。

亘理町の西に控える阿武隈山地の標高はせいぜい200メートル前後、山と言うよりは丘に近い。私はここに限りない風情を感じたのである。山と言えば標高の高い山にのみ着目される向きもあろうが、何も高い山が全てではない。確かに高い山には畏怖を感じるが、その一方で気高く馴染み難いものも感じる。人間も畏怖されるよりは親しまれ、愛されるほうがずっといいのではないだろうか?

少なくても、バスの車窓から見た阿武隈山地は老境を迎え、すっかり角が取れた私を優しく包み込むような包容力があった。これはきっと私のみでないのだろう。阿武隈山地のなだらかな峰々は、きっと多くの人々に癒しをもたらす存在なのではないのだろうか?

電車と代行バスを乗り継いでの帰宅はいつも20時近くになった。亘理駅で19時15分に下車してから買出しのためにスーパーに立ち寄ったためである。

2015年3月27日PM、無事に引越しを終えた私は、メゾネット式のアパートの2階を居間兼用の書斎とした。この時の私は、生まれて初めて自分の書斎を持てたという感慨に浸った。それから一年半の夢のような生活はあっという間に過ぎ去っていった。

平均して、留守宅の仙台には月に二度ほど戻った。従って週末をこのアパートで過ごしたのは二週間に一回ほどの頻度であった。私は週末の貴重な時間を史跡探訪や歴史研究会出席、エッセイ執筆などに当て、極めて貴重な体験に及ぶことが出来た。

筆者挨拶
「後ろ髪を引かれる」という言葉がございますが、定年間近となった私が、昨年の秋に仙台転勤を言い渡された時ほど、この言葉を実感したことはございませんでした。同時に「人にとっての快適な期間は疾風のように過ぎ去る」という想いを強くした私の亘理町生活でした。

今でも亘理町の心地よい余韻は私の頭の片隅にございます。思い起こせば11年半前の東京転勤でサラリーマン人生の軌道を踏み外してしまった私にとって、2015年春からの一年半に渡る亘理生活はその埋め合わせをしても十分お釣りの来るものでした。然らば「人生苦あれば楽在り」とは、大変良く言ったものだと思う昨今にございます。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。
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コメント

No title

こんばんは

亘理での単身赴任生活は
リアルタイムで記事にしておられましたから
本当に懐かしいですね。
その時は通勤時間が大変だなと思ったのですが
自転車 バスを駆使されてお見事でしたね。
大切な意味をもった亘理時代だったのですね。

リンク曲 田園が心地よいですね。https://s.yimg.jp/images/socialproducts/blog/img2/emoji/058.png">

URL | つや姫日記 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは。
ミックさんの単身赴任生活が始まると記事にされた時の事や定年を無事に終えられた時までの記事が
浮かんできます。
亘理町での通勤の様子やそこから眺める景色、
「田園」はそのような思い出が浮かんでくる心情に
相応しい穏やかな曲ですね。
多くの貴重な体験、今ではとても素晴らしい事だったと感じています。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

亘理時代の思い出を伺いました。後ろ髪を引かれる気持ちがよく伝わってまいります。

URL | hide ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

居心地のよかった場所はやはり懐かしく感じる
のでしょうね。
それほど離れていないので気軽に行けそうですね。
ナイスです。

URL | ことじ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

定年前の1年半程の亘理での単身生活は、至高のひと時だったのですね~。。。当時の貴兄のブログ記事の数々が思い浮かびます…。。。

私も定年前に、早期退職をした後、思い描いた次の仕事を得るべく東京で約2カ月の単身研修生活をしたことを思い出しましたよ…。。。

結果的に、この計画は頓挫しましたが、それがまた、次の計画に繋がり、今に至るのですよね…。。。機会があれば、私もあの時の生活の場を再度訪れてみたいと思うのですよ…。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは!

短い単身赴任生活とは言え早朝から遅くまでの通勤生活が如何ばかりだったかと思いますが逆にその風景を
楽しまれたのはミックさんらしいと思うと同時に
その地を離れがたさが有る様になられたのも
分かる気持ちが致します。

最近人生の大方を吐露されてますがそうなると
東京生活も少し気になりますけど…
今のミックさんはお元気で最高の状態の様で何より
嬉しく思っています。多方面でご活躍の姿を望みます。

URL | suisyou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミック様へ
もうそんなに経ちますか。私がミック様に余裕を感じるようになったのはこの頃だったと思います。JRがまだ復旧せず代行バスに1時間ですか。揺られながらお乗りになり。それを楽しまれている感じがしたからです。もし私がこの状況であれば。毎日が不平不満で怒りながら乗車していたと思います。この長い時間を楽しみとされたミック様はこの時凄い男だなと感じたものです。この辺りからミック様はご自身の辛く苦しい境遇を自ら受け入れて通われていたのだなと思ったものです。色々とご不便ご不自由があった事と思われますが。それを物ともしない。そんなミック様をこの時感じたものです。そんな時を今は懐かしむ時になったのですね(笑)。ナイスです。有難うございます。

URL | 不あがり ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> つや姫さん
リンク曲への感想を頂き痛み入っております。後二年で定年、そんな際に言い渡されたのが相馬転勤でした。某はこれを試練と捉えずに逆に順風と捉え、どうせならとことん楽しんでやろうと捉えました。

元々南国指向の某には少しでも北緯が下がればありがたいとも考えました。今思えば、住めば都の亘理でしたが、都にするにはゾーン(城)を構築しなければならない。二年少し前に、亘理に引っ越した某は早速これに着手しました。

通勤はバスがメインゆえ、必ずしも読書には適していません(揺れが活字を追う邪魔をする)が、車窓からのパノラマには大変癒されました。
姫におはからいにより、本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> joeyrockさん
リンク曲への感想を頂き痛み入っております。あっという間に過ぎ去った亘理での単身赴任生活にございました。味方を帰れば逆境とも取れますが、この局面を逆境に捉えなかったのは、己の裁量采配で何とでもなると考えたからです。

今考えれば夢のような一年半でした。joeyさんにはいつも記事の核心に迫って頂き感謝しております。本日も激励を賜りました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> hideさん
記事の核心を察して頂いた由、深く感謝しております。亘理は買い物さどで、不自由な面もございましたが、それを補って余りある長閑な風情がございました。

貴兄におかれましては、本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ことじさん
仙台~亘理間の距離感をご記憶頂いたことに感謝申し上げます。確かに電車で30分、車で一時間少しで行けるのでこれからも訪れる機会は多いと察しております。

貴兄におかれましては、いつも格別な御厚情を賜り大変感謝しております。本日も格別なるご慈悲を賜りました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> boubouさん
亘理で書いた記事のことを思い出して頂き感謝しております。振り返れば定年を前にしての一年半は短かった気が致します。

貴兄の東京研修のことを語って頂き痛み入っております。本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> suisyouさん
東京時代の某が気になるとの由、実は2013年8月1日に「私にとっての東京生活」という随筆をブログに掲載しております。宜しければご覧ください。
https://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31989159.html
※某のブログゆえ、インターネット上の安全を保障します。

文末で述べた「苦あれば楽あり」は今こそ言えることで現役時代はなかなか実感できなかったことです。それでも亘理での生活は大変充実していました。そのあたりは、URL先の東京時代の某と亘理時代の某をお比べ頂ければ明らかと存じます。

suisyou様にはいつもは格別なお引き立てを頂き感謝しております。本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> 不あがりさん
文中に「老境を向かえて丸くなった」と書きながらも、一方でそうでない部分もあったのはお察しの通りにございます。

亘理に乗り込んでからは、ひたすら自分のゾーン(城)を構築することに努めましたが、精神的な支えを様々な書物から得られたのは大きかったと捉えています。例えば、兵法にございます。ごく普通のサラリーマンなら孫子の兵法など知らなくても仕事には差し支えないはず…ところが某の場合はそうではございませんでした(笑)

貴兄におかれましては、本日も記事の中枢部をお察し頂き感謝しております。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

亘理町から相馬の間も自然や田園風景が残っていて長閑ですよね.。o○常磐線が通っていた頃ですが、電車の窓からも田園風景が広がっていました
大変な通勤時間の中でもそうした自然の美しさに気づかれたとは素晴らしいです

URL | ぼたん♪ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ぼたん♪さん
このあたりは長閑なところで、休日にはポタリングやウォーキングでよく訪れたところです。
これでどんなに癒されたかわかりません。本日も激励を賜りました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミック様は何事もプラス思考に考えられて
素晴らしいですね

朝早くから夜遅くまで頑張られても楽しい思い出とされるのですね

URL | ともたん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

伊達藩は東北諸藩の中では、飢饉の被害が少なかった藩だったようです。
亘理地方は温暖だったせいで、伊達藩の中では裕福だったと、明治生まれの年寄りが言っていました。
その方は仙北生まれの人でした。

気候風土が人間や歴史を作ると和辻哲郎が言っていますが、亘理人の性格にも当てはまるのでしょうか。
以前、ミックさんも書いていた記憶がありますが。
亘理げーげー、○○そだない、荒浜こんちきしょ、と言われていますが、亘理は語尾にげーが付き(そだげー)軟らかく聞こえます。
これなども温暖で裕福な風土に根差した性格からくるものだと考えられます。
ミックさんも書いてあるような穏やかで長閑な風景も関係しているんでしょうね。
そんな事を考えた次第です。

URL | ginrin ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ともたんさん
この地に赴任した際にネガティブなことは一切頭に入れずに何事も自分にとって順風と解釈することで万事が附いてきた気が致します。

何よりも周囲の環境がよくて適度に拓けている点が気に入りました。以前ともたん様に永住してもいいと言ったのもこの当り(もっと南の山元町)です。

ともたん様には、いつもは格別なお引き立てを頂き感謝しております。本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ginrinさん
某は石巻生まれで幼少期、少年期の二度を過ごしましたが、同じ宮城沿岸でも冬場の冷え込みが全く違います。これは双方に住んでみないとわからない差ですが、実は大変大きな違いにございます。某はその理由として二段構えの屏風を挙げたい所存です。即ち、奥羽山脈で大方遮られた季節風が、阿武隈山地の丘陵で更に勢いを止められる。

この効果が覿面に現れるのが冬場の厳寒期にございます。貴兄の仰せられた亘理の人の穏やかさはやはり気候風土からもたらされたものと認識しております。

貴兄のおはからいにより、本日も示唆に溢れたご見解に触れさせて頂きました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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