fc2ブログ
 ワーグナー・タンホイザーマーチ 
リンク曲について
人には生きて行く上で尊厳が不可欠である。ワーグナーの歌曲「タンホイザー行進曲」は最近、流されることが多く尊厳が不足していると思ったかたに是非聴いて頂きたい曲である。今回リンクした曲がそんなかたに少しでもお役に立てば幸いである。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
随筆「新年度を迎えて」
その1、サラリーマンとして所持するべき懐刀
入学式や入社式も終わり、新年度が始まった。この季節は私が現役時代は、何が落ち着かずざわざわした印象があった。それは人事の入れ替わりである。転勤によって、果たしてどんな上司が来るのか、サラリーマンなら気にならない人は居ないことだろう。噂に聞いていた胡散臭い上司が意外と話のわかる人物であったり、或いは逆に期待を裏切る人物である場合もけして珍しくないことだろう。

但し、ここで言えるのはけしてその上司をもって、所属する企業を嫌いになってはならないことである。私は上司との人間関係が上手くいかないという理由で組織を去っていった人物を多く見てきた。そういう人物に申し上げたいのは「真に今の企業が自分に合わないからというならともかく、上司が自分と合わないというのは辞める理由に値しない」ということである。いい上司だと勤まる。だけど悪い上司では勤まらないというのは我が儘に他ならないからである。



言うまでもなく、人間社会は様々な考えや感性を持った人物の集合体である以上、こうした組み合わせは必ず起こり得る。相性のいい上司なら会社に留まり、そうでない上司なら辞表を出す。私はそうした短慮的な考えに異議を唱えたいのである。もし、私が上司との相性の悪いという理由で会社を辞めたいという相談を受けたなら、先ずは当人同士が膝を交えて納得が行くまで話し合うことを勧める。間に第三者を入れる手もなくはないが、人の面倒事に好んで首を突っ込みたい者などはほとんど居ない。

但し、この話し合いが必ずしもいい方向に進むという保証はない。最悪の場合決裂ということも在り得る。当人同士で話がつかないとなると上司の上司などに相談する方法もある。但し、こうしたことが可能となるのは労働組合やユニオン(労働組合連合)、コンプライアンス部門があるような会社が条件となる。多くの中小企業ではそうなってくると、下克上を訴え出たほうの分が悪くなってくるのではないだろうか?

例え社内やグループ企業にこういう組織があっても、職位が下の者が上位の者に申し立てを行うのは、多くの場合人間関係に歪を生じるので、よっぽどの覚悟が必要になる。私が言いたいのは、上司とわだかまりを生じた際は短絡的に事を運ばず、個人同士の問題でなく組織の問題として、お互い冷静な話し合いの場を持つべしということである。労働関連法に触れることであれば、労働基準監督署や労働局、県の労働委員会なども労働者の味方になってくれる。

こうした場に訴え出る際は確たる証拠が必要となる。サービス残業による残業代未払いとなればタイムカードと給料明細の提出で企業側のコンプライアンス違反が明確となるが、パワハラの証明というのは非常に難しい。証人となってくれる同僚が居るか、パワハラと思われる言動をテープレコーダーなどに証拠として録音しない限り難しいのである。

厚生労働省のパワハラの定義は「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為」とされる。もっと具体的に言うと人格の否定(人前で叱って本人の尊厳を傷つける)、雇用を脅かす(辞めろなどと言う)がこれに当たる。パワハラに該当する発言があった否かの際に、ものを言うのは確たる証拠があるかということである。

こうした知識を最初から身につけているのか、いないかで、いざパワハラを受けた際の対応は大きく違ってくる。宮仕えをする一般職のサラリーマン諸氏に於いては、理不尽な上司から生き馬の目を抜かれたくないなら、これくらいのことは予備知識として知っておいたほうが良い。時において己に正当性あらば、その場でカウンターパンチ(抗議、反論)を繰り出す礎になるのがこうした労働関連法令の精通である。


その2、捨て去るべき心情
さて本日のテーマである「ネガティブなものとの決別」について語りたい。勘違いして欲しくないのは、私はネガティブなものすべてを否定しているわけではない。それは苦い経験をしたことへのルサンチマン(悔いや恨み)が蛹から羽化して正のベクトルに作用することで人類は進歩を遂げてきたからである。これを端的に言えば「失敗は成功の元である」という言葉となる。

ルサンチマンには二つのものが存在する。一つは成功に繋がるルサンチマン、もう一つは捨て去るべきルサンチマンである。ハングリーな精神をもって前者のルサンチマンを上手く使えば、己の進歩に大いに役立つことだろう。但し、後者のような役に立たない怨恨は持っていて何の役にも立たないし、周囲に不快な思いをさせることになるだけである。

然らば、過ぎ去ったことや、取り返しのつかないことはきっぱりと捨てたほうが良い。そんな私も過去においてネガティブなこと(読者の想像に委ねる)をブログに書いたことがあった。人にとって聞くに堪えないのが今更どうにもならない他人への恨み節である。私は最近断捨離に励んでいるが、過去におきたどうにもならないこともこの際、綺麗さっぱりと断捨離してしまいたいのである。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
筆者挨拶
皆さん、今年もあと二十日でゴールデンウイークに入ります。毎年この時期になると世間では、五月病というものが浮上して参ります。その症状は会社や学校に行きたくない。足が重い。或いは出来れば辞めてしまいたいという類のものです。こうした五月病にならないためにも、己のベクトルはしっかりと持ちたいものです。

人間息抜きも必要ですが、思想的なしっかりとした基盤がないと流されやすくなります。そうならないためにも普段から読書に勤しみ、先人の書いた思想哲学、啓発書などから、窮地に陥った際の打開のヒントを探るのは極めて有効と考えます。四十台の頃の私にもそうした備えがあったなら、11年前に遭遇した精神的な不調は、或いは事前に避けられたのかも知れません。本日の私の随筆がそうした災いを被る恐れのある諸氏に有効なものとなれば、これに勝る幸いはないと認識しております。本日も拝読頂きありがとうございました。

関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)