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定年後に於ける私の断捨離構想
早いもので定年を迎えて、そろそろ三ヶ月が過ぎようとしている。現役時代からやりたいことをいろいろと考えていたが、いざ定年してみて三ヶ月を振り返ると実現できてないものが多々在る。遠隔地に住まわれる知人との面会、旅行、断捨離などがそれである。すっかり春めいてきた昨今、季節が良くないという口実はもはや通用しないものとなってきた。然らば実行するのみである。本日は前述した実行できてないものの一つである断捨離について焦点を当ててみたい。

言い訳がましいが、私にとっての断捨離は全く手をつけていないのではなく、厳密には徹底に至っていないというのが実情である。つい先日、死後半世紀を経た父のコート(過去のブログで何度か紹介済み)を処分するには、それなりの覚悟が必要だった。故人を振り返り感謝する気持ちは確かに大切だが、形のあるものを保存することが、現世を生きる人間に不条理をもたらすのならば、必ずしも故人の意図するところではないと考えたのである。しかしながら、父の数少ない形見であるこのコートを処分するには大変忍びないものがあった。


多くの先人がそうであったように、昨今の私は自分が死んでからのことを考えるようになった。私は血の繋がりの有無を問わず、生前関わった人物のことを随筆(故人を偲ぶための作品)の中に書き留めてきたが、私が断捨離の重要性を悟るに至ったのはこうした作品(歴史エッセイを含む)の執筆に、今後は一層身を投じたいと思ったからである。また、断捨離の動機のきっかけとなったのはブロ友様数名からの影響が大きいことも付け加えたい。

さて、そろそろ本日の趣旨であるこれからの断捨離について述べたい。実は私は自分の書いた文章に厚みを出すには、まだまだ読書量が足らないと認識している。これも読書家であるブロ友様から学んだことである。なぜ読書が足らないのかということを追求してゆくと、自分の心がけの他に現在の自宅の居間が読書に相応しい環境となっていないということが挙げられる。

居心地のよい環境が読書を推進するのは言うまでもないことだが、現状のPCを置いた応接セット式のテーブルでは、インターネットの誘惑もあってとてもそういう気にはなれないのである。そこで考えたのが下記のような折りたたみ式ベッドである。(画像はある折りたたみベッドの広告から引用)


実は或るブロ友様が日当たりの良い部屋で籐製のリクライニングベッドで読書をされているのを記事で知り、自分もこれと似た環境を整えたいと思ったのである。とは言うものの、現状では居間にはスチール製の事務机が居座っており、とても折りたたみ式ベッドを置くスペースが取れない。従って、ネックとなっているスチール製の事務机と不要な雑誌や書類などが今回の断捨離のターゲットである。(必用と思われる本を除く)

仙台市の紙類、衣類の回収は毎月の月初ゆえ、断捨離は今週が勝負と考えている。私は機能性と快適性の両面を考え、定年後のライフをより充実したものとするために、課題である断捨離に精を出したいと思っている。
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ミック挨拶
定年を迎える現役時代は、定年したらあれをしたい、これをしたいという希望ばかりが一人歩きしていました。その中にはバイクを楽しみたいという希望もありました。でもよく考えてみると、時折息子とゴルフを楽しんでいる今の自分には、バイクは一台で十分で、それ以上を求めることになると二兎を追うことになりかねないと思うようになりました。

一日は24時間しかございません。然らば、バイクもゴルフも執筆も読書も全部…というわけには行かないのです。ここまで来ると読者の皆様は本記事で私の言わんとすることがおわかりと存じます。そうです。私の断捨離の構想には物的な断捨離の他に、バイクに乗る時間的なことも入っているということです。人間出来ることには限界があります。それならば、背理法の駆使(時間的に取れないと思うものは諦める)も止むを得ないと考えるのです。本日もご覧頂きありがとうございました。

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