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 Queen Too much love will kill you 
Too Much Love Will Kill You歌詞和訳
僕はただのかけらさ
頭上からは 苦い涙の雨が降り注いでくるんだ
故郷からは遠く離れ 
あまりにも長い間
この孤独と向き合ってきたのさ
 
だれひとりとして 本当のことを教えてくれなかったんだ
大人になるのが こんなに苦しいことだなんて
すっかりこんがらがった気持ちで
自分は どこで間違ったのか と
後ろを振り返り続けてる
………
最後に 最後にね
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
或る上司の七回忌を厳かに偲ぶ
今春でお世話になった上司のAさんが亡くなって丸6年になる。現世は無常を知るための修行でもある。亡くなったときこそ、多くのかたが追悼を寄せたAさんが今年の春で七回忌となることを記憶しているかたは少ないはず…それだけに私自身が一番世話になった私が生前のAさんを確と思い出し、昔話を此処に披露するのはAさんへの供養であり、私に出来るたった一つの恩返しと考えるのである。

あれは忘れもしない。2008年春、二年近くに渡った私の精神的不調が変貌を遂げようとしていたときであった。或る日突然、鬱から躁へと病状が急変したのである。これを誰が予測したことだろう?その時、私は己の体が生まれてから一度も足を踏み入れていない領域に浮遊するのを認識できなかった。このとき、私の体内には快感を司るホルモンが四六時中巡り巡った。

何事にも過剰に反応し、少しでも己の感性とそぐわないものがあればこれを排斥したいという激情に駆られた。車を運転すれば全ての車がのろのろ運転をしているようにかったるく感じられた。人と話をすれば全ての人がのろまに感じられた。着るものは派手になり、無駄遣いもいっぱいした。睡眠時間は二、三時間で十分足りた。朝の3時半に会社に出勤したこともあった。そうこうしている間に私はたちまち周囲から浮いていった。

そんな当時、私の一番感性が合った曲がこのToo Much Love Will Kill Youであった。通勤時の車の中でボリュームをいっぱいに上げて聴いたこともあった。この時何故この曲に強く引きつけられたのかはよくわからない。今思うに多分躁鬱病は死と隣あわせの病ゆえ、潜在的に「死」を意識したのかも知れない。私はこの曲と出会ったお陰で人生の分水嶺とも言えるこの最も危険な時期を乗り切った。大袈裟かも知れないが、私は今の自分があるのはこの曲があるお陰であると受け止めている。その結果周囲と多くの確執や軋轢を生み、休職を余儀なくされたのである。

今思えばまったく不思議なことだが、二週間に及ぶ休職中にそれまで一回も行ったこともないカラオケBOXに何度か一人で足を運ぶようになった。その目的はこのQueenのToo Much Love Will Kill Youをカラオケで歌いこなせるようになることであった。

休職中にもう一つ傾注したのがゴルフ練習場通いであった。思い起こせば私の病状が鬱から躁鬱病に転じたきっかけの一つはゴルフだった。それまではゴルフにはまったく興味のなかったのだが、或る人の勧めもあり、2006年秋の仙台転勤をきっかけに、付き合い半分でゴルフを始めることにしたのである。それまでの私はゴルフを勧められた時、なにか趣味を無理やり押し付けられたようで不快なものを感じていたのであるが、この時ばかりは会社を辞めたくないために、止むを得ずやってみることにしたのである。
 
ゴルフを始めることにした私に対して、Aさんはこうおっしゃった。「ミック君、ゴルフをやるなら基本が大切だ。今度教えてやるから一緒にゴルフ練習場に行こう」2006年の秋の初め、初めてのラウンドを前にして、私は計3万円で初心者用のゴルフセットを買った。こうしてAさんからは市内のあるゴルフ練習場で基本的なゴルフの手ほどきを受けた。
 
上司のAさんは普段はどちらかと言えば寡黙であり、特に目立った人ではなかった。剣術で言えば中段の構え。けして大上段に構えて人を威圧するタイプではなく中庸を己の旨とし、人との協調、調和を大切にするバランス感覚にすぐれた人であった。またその一面、人にけして弱みを見せない精神的な強さを持ち合わせた人でもあった。尊敬するAさんからゴルフ練習の誘いを私はこの時、非常に喜んだ記憶がある。

人づきあいが上手く人望があるAさんは人を褒めるのもまた上手だった。「最初から曲がらないなんてミック君は筋がいいね。」私はそう言われて有頂天になった。ようし今度はもっと遠くに飛ばしてやる。そう思って二球目を打ったとたんボールは大きく右に曲がった。何球打っても二度と真っ直ぐに飛ぶことはなかった。そんなことを繰り返すうちに空振りした時、私は周囲の目を強く意識し赤面してしまった。
 
「俺も早く上手くなって、Aさんのような力強い球を打ちたい…」その日から私は毎日、会社帰りにゴルフ練習場へ通った。プロのレッスンも受けた。そして、腹筋や背筋も鍛え肉体改造にも励んだ。また下半身を安定させるため、早朝のジョギング(最初はウォーキング)も同時に始めた。五十の手習いで始めたゴルフに熱中し、無謀にも一年以内のスコア100切りを宣言し、張りきる私を横目に、ゴルフ歴三十年以上に及ぶAさんはきっと笑うしかなかったことだろう。
 
こんなことを繰り返す日々が続いたある日、突然私の心の中で異変が生じた。鬱から躁への転換である。今思い起こせば、この変化は無意識のことであり、私が主観的に気づくよりも周囲のほうが気づくのが早かった。自分が多くの人に迷惑をかけたと思うに至ったのは、半年後にこの病状が落ち着き、寛解(医学用語で躁鬱病の症状が落ち着くこと)に至ってからのことであった。Aさんは精神的に不安定だった私をよく理解してくれ、温かい目線で見守ってくれたのである。

もしAさんが居なかったら恐らく今の私はなかっただろう。Aさんとは生涯で3回だけラウンドさせて頂いた。そしてこれからもゴルフを通じて人生への教訓をもっともっと教わりたいと思っていた矢先、サラリーマン人生のゴールも間近い定年退職のわずか半年前にしてガンに侵され、発症から9カ月後の2011年4月初旬に遂に帰らぬ人になってしまった。ガンが転移したAさんが職場を去る前のあの時の電話は今でもけして忘れはしない。
 
動揺し、かける言葉を失い「大丈夫ですか?」と聞くのがやっとだった私に対してAさんは死を覚悟しながらも気丈にもこう答えた。「なるようになるさ。」と…。私はその力強い言葉に、武士のような不撓不屈の心境と自分へのメッセージを感じた。『強く生きるんだミック君』私にはそんな上司の声が確かに聞こえたように感じたのである。上司が亡くなり、春になると今でもこの曲を聞く。そして歌詞のクライマックスである「最後に最後に」というところを聞くと、在りし日のAさんのこの言葉を思い出し、泣けてくるのである。

ミック挨拶
言葉に出せば全てが軽くなる。お世話になった上司Aさんの死に際して思い浮かぶことは、この一語以外見当たりません。世に雄弁なかたは数え切れないほど存在する。但し雄弁に走れば走るほど、本質を伴うのかという疑念が生ずる。だからこそ、寡黙には重みがある。身をもってこれを教えて頂いたのがAさんでした。多くのかたがAさんの存在を忘れかけた現在、私はあの時頂いたAさんのご恩を生涯けして忘れないでしょう。

今宵は在りし日のAさんの面影を思い浮かべてToo Much Love Will Kill Youを心の中で熱唱し、七回忌への供養としたいと存じます。

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