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郷里石巻へ向かった訳
本日、私は或る目的ため、電車に乗って郷里石巻に向かった。少し早いので、石巻駅の二つ前の駅である蛇田駅で降りて散策することにした。今日の石巻は朝のうちは小雪がちらつくような寒い一日であった。

これは貞山運河と言って伊達政宗公の遺産と言ってもいい藩政時に於ける貴重な水路である。私は政宗公の死後380年を経て、改めて彼の先見性を思い知った気がした。

この後、高台にある羽黒神社に立ち寄った。羽黒神社は石巻育ちの私も始めて訪れる神社である。

本日の目的地はご覧の石巻市役所である。蛇田駅からは相当遠回りしたことになる。

石巻市役所に来た目的はルーツ調べである。50分ほどの滞在で私は、先祖の戸籍7通を受け取った。依頼から発行までに要した期間は約一週間である。現在調べられる先祖の戸籍で最も古いのが明治時代初めのものである。私はこれによって父方(血の繋がりのあるルーツ)の高祖父の父(5世祖父の名前と生年、没年)と高祖父の祖父(1700年代後半生まれと見られる6世祖父の名前)と家柄のほうのルーツの高祖父の名前を知ることができた。今回これを掲載すると長くなるので次回以降に廻したい。

市役所を出た後で向かったのは石巻の地名の語源となった巻石(まきいし)のある住吉公園である。ここは幼少時に何度も訪れた場所ゆえに大変懐かしい。

ここは住吉公園から北に300メートルほど来た志賀直哉の生家跡地である。今年は直哉の生誕から134年に当るが、今はご覧の通りアパートの駐車場になっている。(アスファルト舗装された駐車場の掲載は本サイがインターネット最初と認識)

この後、石巻駅前発の高速バスに乗って帰途についた。

ミック挨拶
ここ数年がかりで取り組んできた私のルーツ調べも今日で大きな区切りを迎えました。先祖から頂戴した恩愛に報いるために始めたルーツ調べですが、本日の原戸籍(はらこせき)の入手により、今まで以上に正確な家系図が描けるものとなりました。

果たして自分がどこから来たのか?そして己の先祖が何年くらい前に、どこでどんなことをしていたのか?これに関しては多くの方が関心を持っておられる部分と受け止めております。当然ながら、これを調べるにはそれなりの時間と手間を要します。そして遂にその分厚いベールがついに解かれる…これには万感募るものがごさいます。

調べれば調べるほど謎に包まれる自分のルーツですが、調べる過程に於いて未知なる人物が登場すると、言いようのない興奮を感じます。次回更新では、それに触れながら、今回知りえた情報の概要についてお伝えしたいと考えています。本日もご覧頂きありがとうございました。

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