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 Pet Shop Boys-It's a Sin-Live 
リンク曲について
Pet Shop Boysを代表するこの曲は80年代後半から90年代前半に大ヒットし、夜の街に行くと、クラブやキャバレーなどでよく耳にしたものであった。前奏のパイプオルガンによる演奏はまるで賛美歌を思わせるような宗教音楽を彷彿させる。しかしながら、1分過ぎに曲調が豹変し、ディスコミュージックの本性を現す。

私はこの曲調の変化に自分がたどった人生航路の暗喩を感じるのである。多くの御仁は無垢で世に生を受け、徐々に人生という名のどす黒い悪魔のトルネードに飲み込まれ、もがき苦しむ。幼い日には将来起こり得る巨大な嵐など、予兆さえ思い浮かべることはできない。悲しいかな、それが多くの人の辿る人生であると私は受け止めている。
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エッセイ「在りし日の親父への回想」
ここ(仙台市青葉区梅田町)は幼い私が五十数年前に両親に手を引かれて通った通りである。両親に手を引かれて歩いたのはここ以外記憶がない。恐らくこれは私の長い生の中で、一度だけあったことに違いない。私がここに書き留めなければ、誰も永遠に知り得ないことになったことだろう。私は若くして亡くなった親父の無念を晴らすために本日ペンを執ったのである。

親父は病弱でこのころ入退院を繰り返すような状況だった。その二年後に親父は母と私を残してこの世を去った。仏教の教えでは現世の出来事は全て幻と説いているが、この通りで両親に手を繋がれて歩いたこと自体、そう遠くない将来に於いて、儚い現世の幻として片付けられるものなのかも知れない。

私は幼稚園にあがる少し前に、故郷石巻から仙台のこの地に引っ越してきた。(その後再び石巻に戻る)私が住んでいた梅田町は仙台市都心よりは北部に5キロほど行ったあたりになる。この通りのすぐ近くに梅田川という小さな川がある。(梅田川は仙台市蒲生地区を河口とする七北田川水系の支流)家族三人で住んだ家は五十数年を経た今でも現存している。
 
当時やんちゃ盛りだった私は引っ越してきたばかりの時に、親父に買ってもらったばかりのペダル付きのおもちゃのブリキ製自動車を梅田川の河原に落としてしまい、親父の同僚(親父は役人だった)の人に引き上げてもらった記憶がある。親父はそんな私を一言も怒らなかった。それどころか、その後福島県の相馬に出張に行った際、宿泊先から母に対して、「私が川に落ちて怪我をしないようにくれぐれも気をつけるように」と葉書きを送っている。http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/33412449.html私は今、この年になってそんな親父の気持をようやく知り、熱い思いがこみ上げてくるのである。

大雨が降った後の梅田川は増水し濁流が流れ、川面をどじょうがうようよ泳いでいたのをはっきりと記憶している。そんな時に反し、逆に川が穏やかなときは手漕ぎの小舟が目の前をのんびりと通っていったのを見た記憶もある。また狭い河原には胡桃の樹が繁っていて、落ちた実を食べた記憶もある。

話は変わるが、私の相馬転勤時代(2015春~2016秋)に五十数年前に親父が宿泊した初音旅館を、一昨年の初夏に息子とともに訪ねて「お前のおじいさんは、三十台後半の時に、出張でここに泊まったんだ」と教えたことがあった。恐らく息子は私が死んでもこのことをずっと覚えていることだろう。私は既に五十回忌を過ぎた親父の供養のことで多くを望まないが、自分の死後の親父の供養としては息子の記憶の中にあることだけで十分である。
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ミック挨拶
皆さん、今日はけして親父の命日でも何でもございませんが、リンク曲のPet Shop BoysのIt's Sinから連想された亡き親父への回想をエッセイに綴らせて頂きました。若いときに抱いた大志の大半はかなうことはございませんでしたが、ささやかながらも、こうして親父の供養が出来たのは願ってもないことでした。

ブロ友様に於かれましては、今は亡きご自身の肉親への思い入れなどがごさいましたら、お手数ですがお聞かせ願いたいと存じます。本日もご覧頂きありがとうございました。

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