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    Eurrope-The Final Countdown    
ポエム「最後のカウントダウン」
今思えば俺のサラリーマン人生の最後はイチかバチかの懸けだった。武士は大義に生き、大義を果たせて死ねるならば、死を恐れずに敵に向かって行く。「立ったまま最後のカウントダウンを聞くのはどっちだ?」俺はこれを何度自分の胸に言い聞かせたかわからない。


格闘技の試合を見ればわかるだろう。戦う前に相手の目を見ないファイターはその時点で負けているのである。だから俺はシュミレーションの中で相手を睨む練習を何度もした。またたきもせずに相手から目を逸らさない練習をだ。但し、相手を睨んでいいのはリングの上だけだ。例え上司だろうが、リングの上なら全くの互角だからだ。



そうして、ついに果し合い(決戦)の時が来た。もちろん俺は死を覚悟し、白装束(死に装束)でそれに臨んだ。武士ならば、果し合いで命を落とすのは本望であるからだ。あの時、自ら己の立場を背水の陣とすることで、俺は自分の持てる力を全て出し切る覚悟だった。そうして最後のカウントダウンの時を迎えた。そういういきさつを経て、自分は遂に定年退職というカウントダウンを勝ち取った。


過ぎ去ったことに、今更「たられば」を語るのはナンセンスであるが、俺は同じ境遇の悩める者に勇気と希望を与えるために、自分のサラリーマンとしての生き残りの秘策を伝授したい。即ち、それは力の弱い人間も武装することで巨象さえ倒せるということである。武装とは何もコンプライアンスの精通だけでない。コンプライアンスがサラリーマンにとっての太刀ならば、思想哲学によって得られた倫理観は脇差である。最後の一騎打ちとなり、激しい討ち合いの後に満身創痍となった際(接近戦)に、敵に最後のとどめを差すのはけして太刀でなく、脇差なのである。


昨日の友は今日の敵、だからサラリーマンは一時として安閑としては居られない…今まで俺は烈しい出世競争で、何度か昨日の友に足を引っ張られた。確かにその時は若年ゆえ、生き馬の目を抜かれた。但し、目を抜かれただけで諦めてはならない。目を抜かれたら相手の心臓を一突きにすればいい。但し、急所は絶対に外せない。外せば奴の捨て身の反撃を一身に食らうことになるからだ。

横町挨拶
皆さん、本日は酒の酔いも手伝って、少し過激なポエムを詠みましたが、これはけしてフィクションではございません。要はサラリーマンは討つか討たれるかという覚悟がないと務まらない、「なまくら」(相撲用語:右四つでも左四つでも相撲を取れる力士、転じて切れない刀)ではけして務まらないということです。サラリーマンは順調に出世コースを歩むに越したことはないのですが、出世コースを逃したからと言って諦めるのはまだ早い。

私はそうした状況で魂を売った多くの人物を見て来ましたが、一度名誉を奪われた以上、どうしても売れなかった。魂を売らなければ当然叩かれる。組織人として、波風の立たない環境は理想ですが、サラリーマンはその叩かれる日に備えて、反撃に転じることが出来るよう日頃から修練を積まねばならないのです。

改めて述べますが、会社を一歩出ればあなたと上司とは人間として互角(対等)なのです。サラリーマンは上司にごまを擦るのが全てではない。これを忘れると風見鶏になる。あなたはどんな時でもそれを忘れてはなりません。それを信じて勤め上げれば、必ずしや「晴れの日」があなたを待っていることでしょう。本日もご覧頂きありがとうございました。


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