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Whitesnake Walking in the Shadows Of The Blues
オリジナル和訳
俺はブルースを愛してる
何故ならそいつは俺の人生を物語るからだ
もしおまえがそう感じないならそれでいい
何度も何度も俺はそのことを考え続けてきた
今ではそれが俺にとって何を意味するのかよく分かるようになったんだ
それは毎日々々繰り返し悟るんだ
 
俺の目を見れば分かるだろう?
俺は待っていたり、後ずさりはしない 
何故なら俺はこの生き方を愛しているんだ
自分で選んだ人生を生きているんだ
もう分かるだろう?
俺はブルースに浸かった人生を歩いているんだ

今までずっと俺は悪評にまみれてきた
俺はずっと嫌われ者だった
だが俺には罪があるとは思えなかった
俺は善悪の区別が付かない奴だと罵られてきた

毎日々々繰り返し悟るのさ、俺の目を見れば分かるだろう?
俺は待っていたり、後ずさりはしない
何故なら俺はこの生き方を愛しているんだ
自分で選んだ人生を生きているんだ
もう分かるだろう?
 
俺はブルースに浸かった人生を歩いているんだ
良く見ておくんだ!
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ブログの陰干について
SNS(ソーシャルネットワークサービス)の一環であるブログの特性として過去の記事はなかなか読まれ難いという特性を有している。程度の違いこそあれ、大変残念ながら、注目度の高い記事でも価値の高い記事でも、古くなるとなかなか人目につき難いものとなるのである。そんな折に懇意にしているブロ友様・不あがり様から「ブログの陰干し」なるものを聞いた。それは過ぎ去った記事に再び陽の目を当てる手法であり、不あがり様の知人様が既に履行されているとのことであった。

ドライな言い方かも知れないが、読者やブロ友のメンバー構成は時勢とともに移り変わるものである。従って、数年前に更新した記事を見たかたの層の相当数が入れ替わっていることはけして珍しいことでない。本日の記事の上半分は去る2012年1月22日に更新したものである。往時の記事に対してのコメントを見ると、現在の取り巻きや読者とは全く違った構成であり、今の某の取り巻き数十名のうち、この記事に触れたかたは僅かに二三名のかたが見受けられるのみである。本日の記事の陰干しはこうした経緯を以って為されたものである。

但し、陰干しとは言え、まったくのコピーではあまりにも能のないものとなる。そのあたりを踏まえ、本記事は今の私の心境を取り入れたメッセージを織り込んだ記事としたい。
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なぜこの歌に私が共鳴したのか?について
ロックは数ある音楽分野に於いても、非常に自己主張が強い分野である。私はこの歌の曲想を借りて自分の胸中を吐露したいのである。即ち、鬱に陥った際の自分は自分を愛することができなかった。この矛盾と決別しようと試みたのがこの記事の更新動機である。寛解した今はもちろんネガティブな考えは闇に葬ったつもりである。前記事で「成り切り」について触れたが、その根底にあるのは「鬱のぶり返しだけは絶対に御免」という心理である。読者様に於かれてはそうした私の心情をお含み頂きながら、下記のポエムを拝読頂きたい所存である。
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ミック新ポエム「俺は自分の人生の人生を愛している」
俺は自分の人生を愛している
愛しているからこそ、今の俺がここにいる
確かに沈んだこともあった
だがいつか見返してやるという気持ちを失った日は一日もなかった
復活する日を信じて絶対逃げない、それだけが俺の合言葉だった

俺は自分の人生を愛している
沈んだ自分を更に蹴落とそうとした輩も居た
そんな時は歯を食いしばって耐えるだけだった
それは自分の意志と行動がどうしても一致させられない歯がゆさだった
セミは土中でいつしか空を舞う己の未来を夢見ることだろう
そんな日々の積み重ねが俺の過去だった

俺は自分の人生を愛している
ようやくこれを人前で臆することなく言えるようになった
全てのわだかまりは消えようとしている
色々苦い思い出もあるが、それを打ち消すのがこの言葉である
今思えば土中に居た際のハングリー精神があっての復活だった
もう一度言う、俺は自分の人生を愛しているんだ!
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