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はしがき
私は最近三浦梅園という江戸時代の哲学者に興味を持ち始めた。彼の遺した思想で印象に残ったのが「知識というものは、それが学習者の心に同化し、かつその人の性質に表れるときにのみ真の知識となる 。」という言葉である。大変残念なことだが、私は「思想の押し付けの回避」という名目で教育の場から「日本人の美徳」が廃れて行くのを肌で感じている。専門知識や博識に優れ、日々研鑽に励む識者の中に、時として徳が何であるのかをわからない御仁を見掛けることがある。ここで言う徳とは儒教の五常(仁・義・礼・智・信 )である。

三浦梅園(1723~1789)豊後国(大分県国東半島)出身 。江戸時代の思想家、自然哲学者、本職は医者。条理学と言われる独自の学問体系を築いた『玄語』が有名。主要著書としては、他に『贅語』『敢語』がある。これらは、梅園自身によって「梅園三語」と命名された。



あまりダメ出しはしたくないが、本日は過去の私のブログであったことを実例に挙げて三浦梅園の言わんとする「知識というものは、それが学習者の心に同化し、かつその人の性質に表れるときにのみ真の知識となる。」を考察してみたい。以下の一部の記事は2014年9月22日に自ブログに掲載した記事「論語に学ぶSNSのマナー」の再掲載であることを最初にお断りする。
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評論『人付き合いに於ける私の理想像』
ソーシャル・ネット・ワークサービス(以後SNS)に於いて多くの運営者と読者の間には堀(隔たり)が存在する。その堀の存在を知ってかれこれと工夫しているかたには何も申し上げることはないが、世の中には様々な性格のかたが存在する。この堀が見えてないかたも存在するのである。但しこれは程度によりけりである。昨今、私は「堀の見えない人」に接する度に論語でいうところの「聞人と達人」の違いを彷彿するのである。


あれは2014年の初めのことだった。ブログを経て、私はどこかの二十代の文化系出身と思しき人物と知り合った。彼とはいろいろな分野で話題の共通を見たが、知り合った時から何かしっくりと来ないものがあった。先ず、彼は挨拶を知らなかった。「初めまして」や「ようこそ」の類の言葉は使ったものの、その後に及んで挨拶らしい言葉は一言も発しなかった。


少なくても彼の発する言葉からは私に対しての労りや思いやりの心や自己謙譲の心がこれっぽっちも見えなかったのである。これだけならまだしも、そのうちに彼のコメントは長文になりだし、私の言うことには一切耳を傾けず、ヘーゲルやカントなどの哲学者の名言を用いたり、様々な東洋思想の言葉を引用して一方的に自論をまくし立て始めた。


私はそんな彼に一度だけ忠告をした。「人と対話する時は礼節を尽くし、挨拶を軽んじることなく相手のことを思いやり、自分のことは控えめに語るのがマナーというものですよ」と。しかし彼は己を饒舌と認めながらも、反省や是正には及ばず、ただただ自らの博識を誇示するだけだった。彼としてはただ単に話を聞いてくれる人物が欲しかっただけなのかも知れない。酷なようだが、彼の言動は単なる独善で世の中の多くのことがギブ&テイクで成り立っているのを知らない。即ち、世間知らずと受け止めている。


私もある程度は相手を許容する度量を持ち合わせているつもりではあるが、何度も何度もこれを繰り返されるに及び、さすがに堪忍袋の緒が切れた。あまりの身勝手さ、エゴイズムに閉口したのである。こうしてその後に及んで彼にはきっぱりと決別を申し出た。さて、冒頭で述べた論語の一節に登場する「聞人と達人」の違いについて説明したい。但し、論語の原文では「子曰く、是聞なり。達にあらず」となっている。解釈によると聞とは聞人(一時たりの有名人)のことで、その定義は表面では仁をとるがごとく巧言に及ぶものの、根底に於いて仁とは明らかに異なり、言葉だけの人物で良心の呵責なく平然と地位に収まり、要領よく世渡りをしてゆく人物のことを指すという。


これに対して達人は正直で名声や利を求めず、人間がいかにあるべきか、何を為すべきか、という義を常に求め、人の主張することを言葉通りに聞くのではなく、その言葉の奥を臨機応変に考察して真実を見極め、万事心得たうえで謙虚に人にへり下ることが出来る人物であるという。


私の忠告を聞こうとしない彼には本当は論語の「聞人と達人」の違いの話をしたかった。但し彼には全く聞く耳がないようなのでこれ以上アドバイスする気になれなかったのである。もし彼に少しでも私のほうを振り向くスタンスがあるのなら、この論語の言葉の他に、次の言葉も贈りたい。


それは「錦を衣て絅を尚う」(出典は中庸。意味:君子は美しい錦の着物を着た時には薄い単衣(ひとえ)を羽織って、その美しさを外に現さないようにする。転じて人は才能や教養などを露骨に外に現さない嗜みが肝要であること。)という言葉である。


彼の批判ばかりを書いたが、私は彼を見捨てたわけではない。彼が人生を通して自らの教訓としてこれらの言葉の意味を理解できるようになった暁には付き合いたいと思うのである。長い年月は人間を変えるものであり、一人の人物がいつまでも同じ考えを持ったままと思うのは思い違いというものである。それには辛酸を舐めるのも必要と思う。悟りへの道はけしてなだらかなものではない。その行き先には険しい山もあることだろう。深い渓谷もあることだろう。苦難と戦いこれらを克服し、彼の視野に広い平原が開けた時、彼には新な人脈が形成されることだろう。


彼は今は人間としての修養が足らないだけで、いつかはこの二つの言葉の意味を理解しうる人物になるのを私は信じたいのである。やがて年月が過ぎ、修養を積んだ彼がいつしか壮年の域に達した時、中高年の在り方の理想とも言える史記の言葉「桃李言わず、下自ら小蹊を成す」(徳のある人物の周りは何もしなくても多くの小路が出来る。転じて人脈を形成すること)を地で行く人物になってもらいたいと願いつつ、若かりし彼の行く末にエールを贈るのである。
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横町コメント
読者の皆様、本日は少し辛口の論評に及んで申し訳ございません。既に三浦梅園の冒頭の言葉から
①論語で言う「聞人と達人の違い」
②中庸で言う「錦を衣て絅を尚う」
を感じられたかたも多いと察しております。そういう私もまだまだ修行の身ゆえ、人様に対していつ粗相があるのかわかりませんが、常に自己客観を怠らないように心がけ、己の背筋を正したいと考えています。

最後に印象深い孔子の言葉を述べ、本日はお別れしたいと存じます。「正道を行って其の志を達成するのは本分なれど、私はいまだかつてそのような(完璧な)人物に出会ったことはない」。本日もご覧頂きありがとうございました。

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