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本日で震災から8年目を向かえた。昨年の7年目(2018年)は震災にまつわることを5000字に及ぶ文章で綴ったが、今年はそこまで書くつもりはない。但しこの想いを風化させてはならないという強い観念を持ってペンを執った次第である。陸前高田在住の一人のバイク仲間を津波で失ったのは断腸の思いだが、天国の彼には少しでも供養になればと考えている。身内のことに話を移せば母親の実家も床上まで津波が押し寄せ、家屋は解体となった。現在は震災の前に病気で亡くなった従兄弟の長男が家業である水産業を継いでいるのが、唯一の救いである。

祖父方のルーツである大川家に至っては更に悲惨である。父の従兄弟の話によると、2011年の震災で一族のうち18人が亡くなったという。今回自分は大川家のことを作品に書いたが、このことが少しでも亡くなった人たちの供養になればと考えている。明治から大正、昭和に移り変わるにつれ、大川家は石巻に留まらず、様々な地域に分散したようだ。自らの作品である「我がルーツと大河北上」が、大川家の末裔のかたの目に止まることを願い、亡くなった親族に対して心から哀悼の意を表したい。

さて、震災から8年目を向かえた本日、述べたいのは生き残った者の取るべき姿勢である。震災は多くの不幸を生むが、存命者同士の不和を生む。僻み、やっかみ、批判、中傷…自分もそんな渦に巻き込まれたことがある。震災は人をナーバスにするが、そのナーバスがこうした行為を引き起こし、存命者同士の仲たがいを生む。仔細は述べないが、窮地に追い込まれた人間はそれだけ許容力が低くなるとも言える。それまで温厚だった人物もこのような状況下では切れ易くなる。これには気をつけなければならないし、自分が将来そういう状況に陥った際は是非気をつけたいと考えている。

横町挨拶
人を切れさす大きな理由の一つに不公平感というものがございます。若年の頃、自分もつまらないことで切れたものです。但し不公平感というのは一歩引いた程度では収まりません。震災時においては尚更で、震災から8年が過ぎた今となって思い直すことがございます。それは震災下にあっては普段以上の許容力が求められるという点です。

存命者の中には見かけはなんともなくとも、精神的なダメージを受けた人も存在します。震災でテンパると、どうしてもそのようなかたへの思いやりが不足し、逆に至らなさを攻撃してやろうという気になることがあるようです。いざとなった際、これは大変難しいことですが、気をつけたいと考えています。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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