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西日本のノリに対する東北人の受け止めかた
昨今ブログをやっていて感じるのは西日本と東日本のギャップである。西日本にお住まいのかたは一口で言えばフランクである。フランクと申し上げたのは「ボケ」と「突っ込み」というコミニュケーション方法を人様との潤滑油の手段として多用することから、そう感じるのである。もちろん、固い商談の席などでこのような手段は除外されるのであろうが、概ね西日本のかたのブログを拝見させて頂くとこの傾向が強いと受け止めている。

本日はこうした「西日本スタイル」に対する東日本のブロガーの受け止めかたについて述べたい。ただし一口に東日本と言っても関東人や北海道人と東北人ではニュアンスが異なる。私は根っからの東北人ゆえ、本日は関東人や北海道人から見た関西人のことは語らず、更に対象をしぼり、西日本スタイルと東北スタイルの違いについて照準を合わせたい。

古くは、畿内を通じて北進した大陸文化の伝播、坂上田村麻呂の蝦夷征伐、中世では源頼朝による奥州藤原征伐、近世では秀吉の奥州仕置、家康の東北支配、近代では東北戊辰戦争での官軍と賊軍(奥羽越列藩同盟)の関係…。こうした歴史を背景に東西の日本を語るならば、支配する側の西日本、支配される側の東北というイメージが強い。歴史作家である早乙女貢氏、星亮一氏、長部日出雄氏ら、東北贔屓の先人作家の多くはこのギャップと正面から向かい合い、大いなる反骨精神をその作品にぶつけてきた。何を隠そう私も西日本に対して劣等感を抱く人物の一人である。

西日本と東北の関係を示す決定的な言葉がある。即ち、明治維新以降の「勝てば官軍、負ければ賊軍」や「白河以北一山百文」という言葉である。この言葉が東北人の上に重くのしかかり、我が国の歴史を振り返る都度に東北人は劣等感と戦う色彩が強くなった。但し、ここで誤解してもらいたくないのは、東北人でも歴史に興味のないかたなどはこうした見解を持ち合わせていないことである。従って東北人全般がこうした意識を持っているわけではけしてない。

さて、ここで話を当初の「ボケ」と「突っ込み」に戻したい。東北人として西日本のかたに申し上げたいのは、関西人同士の会話で普通に行われているこうした何気ないやり取りが、ときに東北人への侮り、冷やかしの類と解釈されることがあるということである。私自身の経験を率直に申し上げるならば、かつて関西出身の上司が東北に転勤してきた以降、宴会の席に隠し芸が取り入れられた経緯があった。仔細は想像にお任せするが、その中には、場を盛り上げるためのものとは言え、見るに堪えないものもあった。

こうした状況下において、物事に真摯に向かい合い、寡黙な傾向にある東北人と摩擦を感じるのは何も私のみでないと認識している。歌の文句に「男と女の間には深くて暗い川がある云々」というものがあるが、これは今の西日本と一部の東北人の間に存在するギャップとの共通性を感じるのである。即ち、この歌の表現を借りれば「西日本と東北の間には深くて暗い川がある」というフレーズになる。以前、私はマナーとモラルの違いを述べさせて頂いたが、ほぼ全国共通のマナーに対して、モラルは地域性や時代背景によって大きく違ってくる。

従って、本日述べた西日本と一部の東北人の持ち合わせている感覚的な違いも、一般論であるモラルの普遍性(地域が異なれば倫理観は微妙に違ってくる)に沿ったものと受け止めている。

横町挨拶
西日本の皆様、本日は東北人である私が普段感じていることを率直に語らせて頂きました。根が正直とは言え、お気に触ったことがごさいましたら何卒御容赦願いたいと存じます。本日もご拝読頂きありがとうございました。
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