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漢詩紀行 李白 行路難
日曜の夕べ、漢詩を聞きながら酒を嗜んでいる。昨今、その日の気持ちに合わせた漢詩を聞き過去を振り返りながら晩酌することが多くなった。本日紹介するのは李白の「行路難」(行路難し)である。

行路難し行路難し
岐路多し今いずくにか在る
長風波を破るにかならず時有り
直ちに雲帆をかけて滄海をわたらむ

現代語訳
我が人生は険しく本当に苦しい。
行く手は迷路のごとく分かれて私の前にちはだかる。
自分の目標理想はいったいどこにあるのか。
しかし、彼方より吹き寄せる風に乗り、荒波を蹴立てて突進する。いつしかそういう時が必ず来る。
そのときこそ私は高い帆をかかげ、敢然と大海原渡ってゆくのだ

横町感想
人生はなかなか思うようにならない。これは五十を前にして精神的不調に陥ったときに私が感じたことである。但し、思うようにならなくても諦めてはならない。最後の最後まで努力する義務があるのが人生である。

山野に漂う夜明け前の霧が曙を迎えて一掃されるが如く、一時は暗雲立ち込めた人生の視界が開ける。これは今の自分が実感していることである。ここに一つの山の頂があったとしよう。頂に達するルートは数え切れないほどあるように、人を悟りに導くヒントはいくらでもある。

私は人から思想を押し着せられることを好まないし、人に押し付けることも嫌いである。従ってブログに於ける治外法権(人様の思想に深入りしないで、自分の更新した記事でのみ自己主張を履行する姿勢)を認め、これからもずっとこうしたスタンスを貫きたいと思っている。即ち、「思想の多様性を認めながら共存共栄を目指すブログでありたい」のである。

本日は、間もなく還暦を迎える私がどのようにして自分流を築き上げたかについて触れたい。鬱を患い自分流を築き上げるまでの数年間、私は迷える子羊の如く己の視点が全く定まっていなかった。ゴルフ、毎日の早朝ウォーキング、侍への成り切り…こうしたことが糸口となって私の心の中に革命が起きたのは2008年の春のことであった。その時のことは断片的ながら覚えている。(詳しくは書庫の中編小説【我が後半生と武士道】参照)

さて、この辺で本日リンクさせた李白の「行路難」(行路難し)の理由について述べたい。私は会社の嘱託要請を断って大海原広がる外海に向け帆をかかげる決心をしたからである。吉と出るか凶と出るか?一寸先は闇だけに、私の進路に何が待っているのかはわからないが、風は待つことによっていつしか順風に変わるときが必ず来るのを信じて船出したいのである。

ネバーギブアップMYライフ!

本日もご拝読頂きありがとうございました。
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