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冒頭挨拶
間もなく7月も終わろうとしておりますが、皆様は如何お過ごしでしょうか?私の近況を申し上げさせて頂くのであれば定年退職という人生の大きな節目を間近に控え、第二の人生についていろいろと模索している昨今にごさいます。人様と比べて波風の多かった我が人生ですが、たった一つ誇れるのはどんな局面に際してもけして逃げることがなかったということです。

これを言い換えれば、常にファイター(ボクシング用語:フットワークを駆使するアウトボクシングとは異なり、相打ちを覚悟の上で相手を恐れることなく前に出るスタンス。選手としては輪島功一やジョーフレージャーなどがこれに該当)として前に出るスタンスを貫き続けたということです。

これによって失ったことも多かったわけですが、得ることも多かった。即ち、趣味として執筆している歴史小説、歴史エッセイなどは私の数少ない成果物にごさいます。こうした作品を書くには対象物に対して主観と客観を繰り返さねばなりません。客観は文献や歴史研究会などを通してすんなりと入って参りますが、一方の主観は自我の構築によってもたらされます。

その自我の根底を為すのがファイター精神にごさいます。私はこうした姿勢に基づき、死んでからも後に残るものを後世に残したい。先人史家の襷を確と受け取り、後世に繋げたい。そんな一心で史跡を探訪したり、歴史研究会に出席させて頂いたりしております。時にセクショナリズムに走り、人一倍癖の強い私ですが、日頃からご贔屓にして頂いている皆様に於かれましては、改めまして宜しくお願い申し上げます。
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真意を曲解せずに掴むのはブログ運営の基本中の基本
さて、本日は私が昨今感じている人付き合いの姿勢の中核をなす部分について述べさせて頂きたいと存じます。それは人様の仰せになったことを曲解せずに真意を掴み取るということです。皆様に於いても、ご自身の言ったことを人様に別な意味で解釈(曲解、或いは深読み)されたことはお在りかと存じ上げます。

人間はコミュニケーション伝達の手段として言語をもってから、飛躍的に進歩を遂げて参りました。この強力極まりない武器を上手く使えば、見知らぬ民族とも和睦できる。また見知らぬかたともすぐ打ち解け、知り合いや友人になることが可能になります。但しその際気をつけなければならないことがごさいます。それが曲解です。

そういう私も実社会やSNSで多くの曲解を受けたことがごさいます。尾ひれや背びれがつくのはまだいいほうで、中にはポジティブな意図で発言したことをネガティブに解釈されたこともごさいました。これは古今東西、人間の付き合いに於ける普遍的なことですが、私が最も気をつけていることにごさいます。

昨今、私はそういう行き違いを防ぐ意味で、自分の述べたコメントにはなるべく()で但し書きを付けるようにしております。しかしながら、それだけでも不十分なのが人様とのコミュニケーションの難しさにごさいます。私がブログで礼節や忠恕(自分がされて嫌なことを人様にしない)を心がけているのはそういう意味合いがあってのことにごさいます。

もう一つ気つけているのは「潔癖すぎてもいけない」ということです。禅の教えに「水が澄みすぎれば魚も棲めなくなる」との言葉がごさいます。それがブログ運営の難しさでもあります。また「中庸は美徳」という言葉もごさいます。然らば、人様の様々な個性に対処する際は尺度をもって、時に柔軟な姿勢をもって、適宜、臨機応変に対処して行きたいと考えています。改めまして、拙ブログを宜しくお引き回しのほどお願い申し上げます。

本日もご覧頂きありがとうございました。
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