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今年の相馬野馬追を振り返って
一昨年から三年連続で相馬野馬追を見ている。震災による原発事故の影響で何かと意気の揚がらない双相地区(福島県浜通り北部の通称)だが、この相馬野馬追は震災のあった年も中止されることなく続いている。実はこの相馬野馬追は第二次世界大戦中もごく小規模ながら行われていたということである。これは祭りと言うよりも立派な軍事訓練であるのは二日目の神旗争奪戦や甲冑競馬を見れば明らかなことである。

勇壮な戦国絵巻と言われるこの祭りであるが、二日目のイベントのみを以ってこの祭りのメインと捉えるかたが多い中、私の捉え方は少し違う。それはこの祭りに参加する騎馬武者の出陣が主君への忠誠を誓って行われることに着目しているからである。初日の宇多郷出陣に備え中村神社に向かう総大将(相馬第33代当主・相馬和胤氏名代を務めるご次男・相馬陽胤氏)野馬追の総大将は現代でも双相地区に於ける英雄であり、ご出陣は祭りの中核を成すものである。

中村城で出陣式に先立って行われるのが武者諸侯による総大将への挨拶(総大将出陣への祝辞、自ら出陣に及ぶ報告)は数名から十数名ごとの備え(戦に赴く武者の基本単位)で厳かに行われる。武士にとっては主君への忠誠があってこそ出陣が行われるわけであって、けしてその逆でない。これがここ数年で芽生えた私の野馬追観である。

中村神社の神職のかたも行列に参加される。ちなみに現代の野馬追に於いては、宇多郷(相馬中村)から北郷(南相馬市鹿島区)への馬の移動はトレーラーやトラックが用いられている。

北郷本陣で副大将の出迎えを受け、再び出陣する総大将。

国指定無形文化財に指定される相馬野馬追は今年も幕を閉じたが、東奥の君子国と言われる相馬の熱き精神は今でも双相地区の人々の誇りであり、心の拠り所である。これはインターネットで知ったことであるが、北郷(南相馬市鹿島区)で出陣されるあるかたは震災で家族を複数失ったにも関わらず、毎年出陣を重ねておられるとのことであった。何か目頭が熱くなるのを感じる話である。

震災という試練を越え、千年以上も続くこの祭りが地域の人々の心に希望の灯火を灯し、震災復興への大きな励ましになることを祈念して止まない私である。

横町挨拶
相馬野馬追に参加された皆さん、そして観戦された皆さん、お疲れまさでした。来年もまた会場でお逢い致しましょう。
本日もご覧頂きありがとうございました。
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