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前書き
昨今私は数記事に渡って、自分流のサラリーマンとしての生き残り術を述べてきた。本日もそれに関しての私見などを述べてみたい。人様のことをああだこうだと述べる前に、若年の頃に信頼できる羅針盤を持たなかった私のサラリーマン人生を振り返ってみたい。
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若年時の私の実像は
❶上司の顔色ばかり伺い、自分の意思とは裏腹な心理に振り回され、絶えず『これでよかったのか?』という疑心暗鬼が湧き、情緒的に不安定になった。これは信頼できる、いい上司に巡り合わなかったというよりも、自分の屈曲した性格も大きく関与したと思っている。
❷五常(仁・義・礼・智・信)を知らない青二才がゆえの人心掌握術の不足。即ち、人は同じことを言っても、態度や人徳の欠如で他人から受け入れられないという普遍性を掴んでいなかった。
➌前項の「智」とも重複するが、能力(自己表現力、掲げる理念)の欠如に気づいていない段階。(一分に気づいていても、自己啓発が必要という認識に欠けていた)
❹つまらぬプライドがあり、その潜在意識が人から軽んじられることを極度に恐れるスタンスに繋がり意固地に陥った。

こういう性格だけに、到底上司から可愛がられることはなかった。上から目線で睨まれた上司には、意地でも相まみえることはなかった。そうこうしているうちに五十台を前にした私に大きな試練が訪れた。それはうつ病の発症である。今思えばうつ病の発症の要因は、けして外的なイベントのみに起因するのではなく、こうした私の気質が大きく影響したと認識している。このうつ病との格闘が、予想だにしなかった躁うつ病へと転じたわけであるが、その躁うつ病が私に或る種の邂逅(副産物)をもたらした。

この副産物には長所のみでなくディスアドバンテージもある。長所ディスアドバンテージについて、思いつくまま挙げてみたい。
◆長所◆
①寛解後(躁うつ病の症状が落ち着くこと)に培った新たな性格である社交性、ポジティブ性(これは発症前には持ち合わせていなかった気質である)と自己信念の獲得。自己信念の獲得の経緯について述べれば長くなるので、興味のあるかたはブログの書庫の中編小説【我が後半生と武士道】をご覧頂きたい。
②自己啓発意欲、知識欲の向上。(前項の「自己の揺るがぬ信念」は様々な思想を知り、その中から自分に必要なことを叡智と認識し、これを吸収することで形成される。)
③人が伸び伸びと生きるのに不可欠な「自己肯定」(自己ゾーンとも)の構築。(心理カウンセラーによると、これがないと人はどうしても不安定に陥りがちになるとのことである。)
▼ディスアドバンテージ▼
❶自己信念が固まるに連れて、どうしても排他的傾向になる。従って若年時に見られた「潜在的な意固地」は、寛解後も残った(表面的な性格は変わったように見えるが根本的な性格は変わっていない)と自覚している。これの度が過ぎると孤立を招くので要注意である。
❷前項と密接な関係があるが、この指向が自ずと交流関係の減少に繋がり、一匹狼的な要素を更に促進させるものとなった。これは実社会に於いてもSNSに於いて同様である。
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本論
さて記事のタイトルである「サラリーマンは自分を安く売ってはならない」ということについて述べたい。これは管理職、一般職の職域を問わないことだが、中高年になって自己信念が固まれば自ずとこういう姿勢は備わってくる。それは帝王学でよく言われる「迷った姿勢を人に見せない」ということである。これは特に管理職には必須条件と言っていい。人間誰しも、迷った人物について行こうという意識は持てない。それには優柔不断であってはならないし、言動を行うには慎重の上に慎重を重ねたものが求められるのである。

次に述べたいのは人の心を掌握するには人徳が不可欠であるということである。これは論語の「徳治主義」(民の統治は君主の徳を以って、是を行われなければならない。)に謳われている通りである。世の経営者や管理職の中に今でも自分の能力を以って、部下を統治しようという気質が残っているが、これは明らかに誤りである。上に立つ者は徳があってこそ、下の者に能力を認められるのである。

では、もし誤った認識を持った上司が自分の上役についた際はどうすればよいのか?その時に求められる姿勢が「自分を安く売ってはならない」ことである。多くのかたはこういう上司に接すると「俺はこの上司に不本意ながら魂を売らなければならないのか…」という気持ちになるだろう。こういう時にヒントをもたらすのが武家社会に於ける「真の賢臣は主君の追従の徒であってはならない」という考えである。即ち、例え上司であっても間違った方向に進む懸念を感じた際は進言を行い、これを諌め、正しい方向に軌道が向かうよう求める。これは非常に勇気の要ることかも知れないが、上司にはそういう部下を大切にする度量も求められる。もちろん、こういう理想的関係に導くのは互いの信頼関係の構築が不可欠である。

本日述べたことはけして机上の理論ではない。私が日々実践していることである。もうすぐ定年を迎える私だが、正直に言えばもう少しこうしたスタンスを早い時期に身に着けておくべきであったという後悔の念はある。但し、一生これに気づかず、風見鶏のようなサラリーマンライフを送るよりは遥かに「まし」と認識するものである。人は死ぬまで己の人生をどうだったかを論ずることはできないが、今の私は少なくても後悔の少ない第二の人生に臨みたいと考えている。

本日もご覧頂きありがとうございました。
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