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相馬野馬追 総大将出陣
今年も国指定重要無形民族文化財である相馬野馬追が近づいた。

相馬氏
下総国北西部(現在の千葉県北西部)や陸奥国南東部(現在の浜通り夜ノ森以北)を領した大名。桓武平氏良文流千葉氏の支流。通字は「胤」(たね)。初代の相馬師常は、鎌倉時代初期の武将千葉常胤の次男である。師常が父常胤より相馬郡相馬御厨(現在の千葉県北西部で、松戸から我孫子にかけての一帯)を相続されたことに始まる。

戦国時代は盛胤(1529~1601)、義胤(1548~1635)と武勇に秀でた当主が続き、独立心が旺盛で、現在の米沢や宮城県を領する伊達氏や、現在の茨城県北部を領する佐竹氏に対しても一歩も退かず、伊達氏とは実に三十回以上に亘って抗争を続けその後伊達政宗が現われ南奥州の諸大名の多くが政宗の軍門に悉く降った時も独立を維持し、伊達氏と敵対関係にありながら滅ばされることなく天正18年(1590年)、豊臣秀吉の小田原征伐に際し豊臣方につき、遂に本領を安堵され。 

相馬中村城
平安時代初期(800年頃)に坂上田村麻呂が奥州鎮撫のために城を築いたのが最初と伝えられており、南北朝時代から戦国時代初期までは中村氏の居城であった。その後、相馬氏の勢力が増すと、中村氏を滅ぼした相馬盛胤(奥州相馬家第14代当主)本城である小高城に加えて、この中村城に城代(相馬隆胤)を置いて伊達氏と抗争を繰り返し

1611年(慶長16)、盛胤の孫である相馬利胤の時代に、本城を中村城に移転した。現在は馬陵公園として整備されており、大手門のほか石垣や土塁、堀が現存する。公園内にある相馬中村神社では毎年7月末に行われる総大将出陣式が行われる。
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これは初日の7月23日の予定である。私はAM9時30分から行われる宇多郷(相馬)の出陣式に足を運ぶ予定である。その場所は相馬の本城があった中村神社(中村城跡の傍)で行われ、総大将(相馬家の血を引く当主)の出陣を兼ねるものとなっている。

その後、JR常磐線に乗って、北郷(南相馬市鹿島区)で行われる総大将お出迎え(副大将が陣を張り、総大将を迎える場面)を見学したいと思っている。

地図で位置を確認して頂きたい。(約1.7倍に拡大可能)
:初日の7月23日に総大将が出陣する相馬中村神社
初日の7月23日に副大将が出陣する海老原宅
初日の7月23日に副大将が総大将を出迎えるJA鹿島
:二日目の7月24日にお行列、甲冑競馬、神旗争奪戦が行われる南相馬市雲雀ヶ原

これは昨年の総大将のルートであるが、今年も同じルートを取るものと思われる。
:海老原副大将宅
:JA鹿島

昨年(2015年)に於ける北郷勢の総大将お出迎えの場面である。(ミック撮影)

これは昨年の地元新聞に掲載された海老原副大将のプロフィールである。

平成25年に於ける北郷(鹿島区)のスケジュールである。今年の7月23日の予定はこれを踏襲するものと思われる。

電車で移動されるかたのために常磐線のダイア表を掲載する。

筆者挨拶
皆様、今年の相馬野馬追を見たいというかたがございましたなら、遠慮なく拙ゲストブックにご一報ください。私が案内役を勤めさせて頂きます。本日もご覧頂きありがとうございました。
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