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 決意表明
フランク派か?それとも至誠派か?いちいちそんなことを考えながら、ブログを運営しているブロガーは少ないのでは?と察している。その前に「横町さんはなぜこんなことにこだわり、他人にそれを聞くのか?」と逆に聞き返されそうな気がする。本日、私がこうした記事を書こうと思い立ったのは、活字を主な媒体として行われるSNSには、特有の性質(顔と顔を合わせて行う実生活とは異なり、微妙な食い違いが多く発生しやすい)があるからである。

もしブログ運営の方向性を親近的指向に導こうとするならば、コメントは自ずとフランクになる。フランクな指向はフレンドリーと密接な関係があるのを私は否定しない。現にこうしたスタンスを貫き、特定のブロ友様と長く付き合われて居られるかたも大勢居られることだろう。但し、これは危険因子を含んでいる。即ち、冗談で述べたことが相手にとってからかい、揶揄の類に聞こえかねないからである。

あまり細かいことに立腹すれば人様から「貴方は度量が小さい」と言われるのかも知れないが、それは顔と顔を付き合わせる実生活にのみあてはまる図式であって顔の見えないSNSにも当てはまるものとは限らないと考えている。もっと有体に言えば、冗談なら笑顔で言うのだろうが、その笑顔がSNSでは見ることがかなわないからである。私はSNSで今まで何度か苦い思いをしてきているが、その答えがヘッダーで謳った忠恕(人にされて嫌なことを人にしない精神)の自らの履行である。

話題を政治倫理に変えよう。時の執政が乱れれば民の心は離れて行く。内閣支持率の変遷に際し、今の日本も当にそうである。これを食い止めるのが執政を司る者(統治者)の人徳である。孔子は統治論として「徳のある統治者がその持ち前の徳をもって 人民を治めるべきである。」と述べているが、この儒教思想は今でも我が国に生きている。けして押し付けてはならないが、私はこうした統治論はSNSでも通用し、応用できるものと認識している。

こうしたスタンスは見る人によっては堅物とも取られかねないし、石橋を叩くやりかたでもあるが、これを履行することでブログが荒れないし、乱気流も少なくなる。これはけして机上の理論でなく、私の実践哲学である。ブログ離れしたブロガーの理由はの多くがブログが荒れたこと(モラルの乱れ)に起因する。されば、ブログを長く継続したければ答えは自ずと見えてくる。これが私の出した結論である。この場を借りて冒頭の問いにこう申し上げる。「私はこれからも他のブロガー様に至誠を貫きます。」と。

本日も粗文をお読み頂きありがとうございました。


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