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130320京成八幡・永井荷風の散歩道(1)「大黒屋のカツ丼」
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皆さんはカツ丼は好きだろうか?カツ丼は私の大好物の一つである。本日はカツ丼をこよなく愛した一人の作家を紹介したい。作家の名は永井荷風である。彼は晩年に千葉県市川市の八幡に住んだ。彼が毎日のように通ったのが食道・大黒屋である。永井荷風が好んだカツ丼と日本酒のセットは8分頃から登場する。時間のないかたは8分からご覧頂きたい。
以下:百科事典マイペディアより引用
永井荷風:明治・大正・昭和期の小説家、随筆家。本名壮吉。別号断腸亭主人とも称す。東京生れ。東京外語中退。広津柳浪に入門,習作のかたわら清元、尺八、落語を稽古、福地桜痴に師事、歌舞伎作者の修業もする。ゾラの影響を受ける。1902年小説「地獄の花」を発表する。1903年~1908年米仏遊学後「あめりか物語」と「ふらんす物語」を発表する。「すみだ川」や「冷笑」などで耽美派作家として活躍する。

1910年(明治43年)慶応大学教授となり「三田文学」を創刊し反自然主義を呈する。このころより江戸文化に沈潜し、大逆事件に際しては自分を戯作者と卑しめた。以後花柳界や娼婦の世界をおもに描き、「腕くらべ」、「つゆのあとさき」、「【ぼく】東綺譚」や、第2次大戦後は「浮沈」、「踊子」などを発表。訳詩集に「珊瑚集」がある。日記「断腸亭日乗」は風俗資料としても高く評価されている。1952年文化勲章受賞。

永井荷風(1879~1959)

これが大黒屋の店構えである。残念ながら大黒屋は昨年の2017年に閉店となっている。永井荷風が通った昭和30年代からは数十年という年月が過ぎているので、往時の風情とは若干異なるのかも知れない。

過去のNHK番組でも放映されたが、大黒屋で荷風の座る席はいつも決まっていたという。インターネットでこの写真がヒットするということは、恐らくこの席だったのだろう。このかたは店の女将さんだが、女将さんは荷風にお酌をしたことがあったという。

店が休みであっても荷風の為にこのセットを用意したというのは大変印象深いことである。

荷風は毎日正午近くに大黒屋を訪ね、決まったように同じメニューを注文したという。酒がついているのが彼らしい。(笑)

これは彼の遺作となった「断腸亭日乗・昭和34年」の日記である。天候が几帳面に記載されているが、大黒屋を訪問した時刻は全て正午であることがわかる。彼はこの次月の4月29日(奇しくも昭和天皇誕生日)に急逝しているが、彼のこの日課は亡くなる前日の4月28日まで続けられたという。

横町挨拶
私も創作家の端くれですが、作家というのは自分のゾーンを大切にします。晩年の永井荷風にとってのゾーンが日本酒での昼酒であり、カツ丼だったのでしょう。そういう自分もカツ丼と日本酒を好みます。(笑)然らば、嗜好品繋がりで永井荷風の作品に興じ、在りし日の彼を偲んで、どこかの食堂で同じメニューを頼んでみたいと考えています。

彼は耽美派と称されましたが、耽美派と言えば谷崎潤一郎とも重なります。谷崎の作品は自分も読んでいますが、どこか心惹かれるものを感じます。いつしか荷風の作品の読後感想をブログに表したい。これが今の自分の目標です。余談ですが千葉県市原市は自分が1997年(平成10年)に仕事で訪れた地でもございました。これには因果も感じています。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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