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エッセイ「人の心を動かす交渉術」
過去の記事で歴史と哲学の接点をいくつか述べてきた。昨今改めて、私が感じるのは歴史を如何に実践哲学とし、己に血や肉として行くかということである。言うまでもなく、歴史や哲学(範囲を広めれば文学も)は実生活を営む上でなくても生きて行ける。但し、問題に直面した際に解決へヒントをもたらしてくれるのが歴史や哲学の類である。歴史を掘り下げることで進むべき未来が自ずと見えてくるのである。問題と申し上げたのは何も自分自身のことだけではない。よそ様から相談を受けた際、問題解決に導くヒントともなりうるものと私は受け止めている。

本日述べる「交渉術」も歴史から学んだことであり、既に実生活に用いている実践哲学である。私にとって、交渉術の肝となるのが儒教の精神である。儒教の中でかいつまんで重視しているのが①礼節、②表敬、③謙譲である。例えば先方に願い事をする際は低姿勢で臨まなければならない。けして強制することなく、相手の立場を尊重しながら、一つ一つ相手に選択肢を与えながら交渉を進めて行く。これは明治維新時に薩長同盟の成立や近代日本建国に大きな尽力(議会制政治の発案者)のあった坂本龍馬や、昭和初期の金融恐慌に陥った我が国を救い、且つ日露戦争以降の我が国の軍国主義指向にブレーキをかけようとした高橋是清にもこれを感じるのである。





但し、交渉に於いてはただ単に姿勢を低くすればいいというものではない。交渉の行方が意図にそぐわないものとなれば、妥協も見据えた上での軌道修正が必要になる。そうした際は、時に交渉の成就と引き換えに己の命さえも惜しみないものであるという腹積もりを相手に伝えることが大きなポイントである。兇刃、兇弾に倒れ、志半ばで世を去った彼らにはその最たるものを感じるのである。

ここで「己の命さえも惜しみないもの」と述べたのを現代に於ける交渉術に当てはめるのならば、「もし、私の言葉がお気に召さねば、貴方様の範疇でどうぞ私をお斬りください。(今流に言えば、縁をお切りください)」という腹積もりを相手に伝えることである。これは私の偏見かも知れないが、現代に於いて①と②の礼節と表敬は世代を問わず浸透していると認識しているが、アラフォー以下の若い世代で③の謙譲を用いているかたはかなり少ないと察している。最もこうした私の考え(謙譲は美徳)が、今の若い世代に受け入れられるかどうかの自信はまったくない。

但し、ここで若い世代に伝えたいのは「今の日本があるのは先人たちのこうした生き様があってこそのことである。」ということである。私はこうしたことを実社会で実践し今日まで生き残ってきた。従ってけして机上の空論を述べたのではない。もちろんブログでもこうしたコンセプトをもって、皆様に失礼のないように接しさせて頂いているのである。
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皆さん、本日も粗文をお読み頂きありがとうございました。
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