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NHK歴史ヒストリア「漱石先生と妻と猫」
リンク動画解説(時間のないかたは30分過ぎの黒猫の登場するシーンからご覧ください。)
YOU TUBE版のNHK放送のリンクは何れ消去される運命になる。「今が旬」という言葉があるが、読者様に於いては消去される運命の儀、何卒ご了承頂きたい。
本日私がリンクした「歴史ヒストリア 漱石先生と妻と猫」夏目漱石が処女作『吾輩は猫デアル』を発表し、文壇にデビューしたころの逸話である。
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ミック近況
十連休も今日で終りである。あっと言う間の十日間であったが、今は心地よい余韻を感じながら、連休の一日一日を思い起こしながら、少し早めの晩酌を嗜んでいる。十連休最後の今日は文豪・夏目漱石にどっぷりと浸りながら春宵の一刻を心行くまで愛でたいと思っている。

実は昨日、相馬図書館から「その時歴史が動いたVol,3」を借りた。

文学者の夏目漱石がなぜ歴史を動かしたのか?「その時」とは1907年春のことである。それまで二葉亭四迷や森鴎外らの先例はあったが、往時の小説家はやくざな商売であり堅気の人間の仕事ではなかったのである。そんな時に漱石は安定した職業である東大教授に就くことを蹴って小説家になった。これは当に画期的なことであった。

動画の中で漱石の病気が出てくるが彼の精神の病は躁鬱病であったとされる。躁鬱病を患った作家としてヘミングウェイ、北杜夫などが知られる。完治が難しいと言われる躁鬱病の漱石にとって、作品執筆は何よりの薬となったようである。実は私も躁鬱病を患った身である。

モチベーション低下と戦わねばならないのは創作家の宿命である。1900年、33歳時のロンドン留学とエリートコースの最先端を歩んだ漱石であるが、モチベーション低下は漱石にも訪れることになる。ロンドンで彼は孤独感を募らせ神経衰弱に陥った。

そんな漱石を救ったのがこの黒猫であった。動画中に「福猫」という表現が出てくる。この黒猫こそが漱石を低迷から救った立役者であった。この黒猫は43歳のとき血を吐いて危篤に陥った漱石を救うことになる。

漱石の妻鏡子は繊細な漱石とは異なりおおらかであったと言う。確かに漱石にとって、福猫(「吾輩は猫デアル」のモデル)の存在は大きかったが、私は鏡子の良妻賢母振りがあってこそ稀代の文豪があったという気がする。

読者の皆様へ
今年のゴールデンウイークも今日で終わります。今月は風薫る五月ですが、一方で五月病という言葉もごさいます。もしそんな窮地に陥ったとき、漱石の妻・鏡子のように「ようござんす。そのうち快方に至ります。」と言えるかどうか…今の私にはまったく自信がございません。(笑)

志賀直哉にしても、山本周五郎にしても、司馬遼太郎にしても、その活躍の陰には内助の功があったとされます。単独では到底成し得なかったことが「男女のつがい」という絆によって成就に至る。二宮尊徳は世の男女の存在は昼と夜の如く「表裏一体のもの」としています。やはり夫婦はいいものだと思います。私も是非先賢諸氏の歩んだ道にあやかり、妻を慈しみたいと存じます。

然るに、読者の皆様には本日も最後まで読んで頂き痛み入っております。一年中で一番いい季節を迎えた皆様にとって、今年の五月がいい月になりますことを心より祈念しています。
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