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志賀直哉 肉声 ①昭和30年5月 ②昭和34年9月

つい最近YOU TUBEでお宝映像を見つけた。それは志賀直哉の愛弟子二人による生前インタビューである。26分のうち前半のインタビューは四人の弟子の中で兄弟子となる尾崎一雄氏の「朝の訪問」(NHK)である。
尾崎一雄(1899~1983)


このとき(昭和30年5月)の直哉は72歳、弟子の尾崎氏は56歳である。尾崎氏のインタビューで印象深いのは直哉の学習院時代である。「文学などに関係のあるもの(国文、漢文、英語、歴史)はみんな嫌いだった。子供のうちは算術は好きだった。…作家になれるかどうかは不安だった。云々」と述べている点である。

また、直哉の読書癖が「乱読」だったという点や「才能を与えてくれるなら寿命を縮めてもいい。」、「仲間の旗印の下に入るのは嫌いだった。」と語っている点も興味深い。このあたりには志賀文学の特徴である。強い個性と自我を感じる。
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後半のインタビューは直哉の末弟子となる阿川弘之氏である。
阿川弘之(1920~2015)


このとき(昭和34年9月)の直哉は76歳、阿川氏は39歳である。インタビューの阿川氏の声が非常に若々しいのが印象的である。インタビューの中で「同人誌白樺に『網走まで』を発表されてちょうど50年になりますが、今の流行作家だったら先生のお書きになった量を3年くらいで書くのでないかと思いますが…」と語っているところである。普通なら怒り出しかねないようなインタビューだが、そこは心の通い合った両者の師弟関係。阿川氏の問いかけに淡々と答える直哉に清々しいものを感じる。

直哉の友人の武者小路実篤氏は「志賀の存在そのものが作品」と語っているが、直哉の執筆に取り組むモチベーションが、彼の豊かな交流関係(谷崎潤一郎、和辻哲郎、梅原龍三郎…)や生涯23回にも及ぶ転居(尾道、赤城山、京都、熱海…)景勝地が多い)によってもたらされた気がしてならない。また執筆に25年近くを要した彼の唯一の長編小説『暗夜行路』が如何に難産だったのかが、改めて理解できる気がする。

七十を過ぎても矍鑠として愛弟子のインタビューに答える直哉、彼の足元にも及ばない私だが、どうせ老いを迎えるなら彼のように人生に真摯に向かい合い、何事にもゆったりと、どっしりと構えられるような姿勢を保てるように、今後も精進したいと感じている。
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