fc2ブログ
今から数年前、煮え切らない毎日を送っていた頃、ほぼ毎日行っていたことがあった。それはウォーキングである。ウォーキングは何も特別なことでない。今は自分の生活の一部にさえなっている。毎日の通勤に約4キロ弱のウォーキングを取り入れているからだ。それでも以前の5・5キロと比べると少なく、その分休日に歩くようにしている。休日に歩く場所としては最近は街中が多くなったが、出来れば郊外を歩きたい。掲載画像は数年前の現役時代によく歩いた七北田川の河畔道路である。郊外は何と言っても空気が美味く景色も良い。これはフィジカル面だけでなくメンタル面にも好影響を及ぼす。

メンタルと言って思い出すのは、2005年の東京転勤時代に欝を発祥した際に、或る上司から言われた言葉「横町さん、朝歩いてみたらどうですか?」の一言だった。欝になった人間にこのような気の利いた言葉を掛けて頂いたAさんには今でも感謝している。今考えてみればこの言葉は再び東北に戻された私が2006年の秋の転勤の挨拶で、職員一人一人を廻った際に掛けられたもので、往時の私にはとてもそんな余裕などなかったのである。会社を休まないようにするのが精一杯で、生ける屍と言った表現が往時の私に最も近い言葉である。

2006年10月に仙台に戻された私は欝から立ち直りたいがゆえに、欝を治す為の本を探した。その中に「欝からの脱出」という本があった。執筆者は現役の公務員で、大変驚いた記憶があるのだが、今はインターネットでもヒットしないところを見ると何らかの事情で消されたのかも知れない。但し確たる証拠もないので飽くまで自分の想像する範囲の話である。著者は誓い(うけい)と言う言葉を使って、朝のウォーキングの重要性を説いていた。「うけい」は意味として「ちかい」に近い言葉だが、「ちかい」と言うとプレッシャーを感じる人も居るので、敢えて「ちかい」と読ませたのかも知れない。

その趣旨はウォーキング(往時の自分はジョギングを選択)の途中で対象物(神社でもいいし、朝日でも何でもいい)に向かって「私はあなたをお守りします。あなたも私をお守りください」と心の中で二度唱えるものである。最初のうちは半信半疑でこんなことをやって本当に欝が良くなるのか?と思い首をかしげながら、近所の神社に足繁く通った。それでも数箇月以上継続できたのは始めたばかりのゴルフを早く上達したい(ゴルフの上達に足腰の鍛錬は欠かせない要素)という気持ちがあったからである。厳寒期でも薄着で走った。よほどの雪が積もらない限り、欠かさず続けた。

そんな毎日を数箇月も続けているうちに病状が躁に転じた。侍(伊達政宗や支倉常長)への成り切りも加わり、自分の脳の中で劇的な変化が起きていたのだが、当の本人はその自覚さえなく、尊大なる自己表現が周囲との摩擦、軋轢へと繋がっていった。但し、ここにこのことを書けば長くなってしまうので、お知りになりたいかたは2010年7月執筆の随筆我輩は躁である!をご覧願いたい。医師の診断は躁鬱病であったが、自分には欝の症状の自覚がなく、ほぼ躁病と言ったほうが近いのかも知れない。

これによって失った信頼関係は計り知れないが、そうしたネガティブなものと引き換えに私は寛解(病状が落ち着くこと)を手に入れ2008年春、再び職場に復帰した。自分はゴルフを上達したいがゆえに、躁になってもジョギングだけは止めなかった。もちろん、還暦を過ぎた今でもウォーキングは継続している。或いは今の自分が欝(躁鬱)を再発してないのはこの為なのかも知れない。これを改めて、自分の心に刻んで、積極的にウォーキングに取り組んで行きたいと考えている。

横町挨拶
Aさんは自分にとって恩人に違いございません。今度は自分が同じ病に悩む人を救う立場と捉えています。自分の回りにもしメンタル不調に悩むかたが居た際、アドバイスを求められたら、迷わず次のように声を掛けることでしょう。「○○さん、朝歩いてみたらどうですか?自分はこれを今でも継続し、十年近く再発していません。」本日も最後までご覧頂きありがとうございました。


関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)