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Ben Webster-Stardust
リンク曲解説byミック
私は窮地に陥り、何かにすがりたいと思った際に、歴史や哲学(禅を含む)などを吸収することで、不安を少しでも和らげるよう努めてきた。そんなことをここ数年繰り返しているうちに、人間が本能的に食事や睡眠を求めるが如く、いつの間にか自然に歴史や哲学を心の中に求めるようになってきた。言葉を換えれば「心の武装」とも言えるのかも知れない。

少し前まで心の中にわだかまりがあり、時としてセンチメンタルに浸ることがあった。しかしその懸案も無事に解決し、本当の意味での安定期に入った気がしている。深読みをして自滅に至るパターンは意外と多い。だからと言って深読みの総てが外れるというわけではない。

大雑把な話をさせて頂くのならば、世の深読みのほとんどは取り越し苦労で、その顛末は心労や人間不信によるデメリットのほうがはるかに多いということである。禅の教えに「将来訪れるかも知れない災いを心配することなく、今現在を精一杯生きることが肝心」というものがある。

抱えている問題が膠着状態に陥った際、場面によってはこちらから動けば自滅ということがある。そういう時にものを言うのがこの禅の教えであり兵法で言うところの「攻めるべき処は攻め、守るべき処は守る。成算のない前進は是匹夫の勇に非ずして何ぞや。」である。逸る気持ちをぐっと堪え、待つことで流れが変わる。信じられないことであるがそういうことを実際に経験し、私はこの年になってようやくその言葉の意味が理解できてきたような気がする。肩の力みがようやく取れた昨今、こうしたゆったりとしたJAZZと波長が合うのを感じている。

4連休の2日目の本日は春の彼岸である。墓参りは既に済ませてあるので私は心置きなく勤務地である相馬に足を運んだ。

相馬駅に隣接する相馬図書館で司馬遼太郎講演のビデオを見た。哲学と歴史は兄弟である。彼の歴史の講釈の多くは人間の進む道を普遍的に示唆している。私は単なる歴史作家としての司馬遼太郎のみでなく、最近ここに着目している。

一時間のビデオを見終った後、中村(相馬の中心地)の町を通って中村城(馬稜城)に向かった。城址の内堀では釣り人がのんびりと釣り糸を垂れていた。

足が独りでに、中村城の天守閣のあるほうに向かった。二宮尊徳(坐像)もさぞかし桜の開花を待ち望んでいることだろう。

天守閣のあった相馬神社から坂を下りて中村神社に向かった。馬場に差し掛かると二頭の馬が私の視界に入った。今年の野馬追に出る馬だろうか?二頭とも若馬らしく、そのオーラが全身から滲み出ている。

中村神社の前の石灯篭。耳を澄ませば、昨年の夏の野馬追における蹄の音ともののふどもの怒号が聞こえてくるようなシチュエーションである。今年も是非あの感動を味わいたいものである。

桜は蕾が相当膨らんできた。開花予想は4月中旬である。

JR代行バスで亘理に戻る。彼岸を向かえだいぶ陽が長くなった。春霞が陽炎に変わる日もそう遠くないのかも知れない。


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