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一昨日、自分が生まれた北上川西岸(石巻地区)がかつて墨廼江町(すみのえまち)と言われたのを知った。但し、これは酒造会社のホームページや酒関連のサイトでしかヒットしない。「郷土史としての墨廼江」は全くヒットしないのが気になるところである。念の為一昨日掲げた記事をもう一度掲載する。

下:由紀の酒HPより引用
墨廼江酒造は1845年(弘化2年)創業。蔵のある住吉地区は昔より水を司る神様を祭った墨廼江神社(現・住吉神社)があり、北上川西岸地区一帯は古来より墨廼江町だった。海産物問屋と穀物問屋を営んでいた澤口家が、「墨廼江」を酒名にして酒造りを行っていた商家より蔵を譲り受けて酒造業を開始した。

1845年と言えば自分の高祖母Rが少女時代の頃と推察している。生家と墨廼江酒造は近かったので、高祖母がどんな関わりを持ったのか興味深いものがる。



どうやら墨廼江と住吉は同じ意味を持ち、日本全国に点在する住吉町は海や川に面するところにあるようだ。(松本健一著・司馬遼太郎が発見した日本より)更に住吉は安曇野の「安曇」(あど)とも似ており、日本に辿り着いた海洋民族が関わっている地名と言われる。何れにしても「石巻に於ける墨廼江」は謎の多い地名である。墨廼江酒造酒造関連以外で、この地名を唯一彷彿させるものが生家近くを流れる墨廼江堀である。墨廼江堀は蛇田かいこほりとも言われたが、北上川の支流とされた墨廼江川と同一なものなのか?全くわからない。



石巻に於ける
墨廼江を調べるには時間が掛かるようである。郷土史関係の記事でヒットしないところを察すると、或いは伝説的な知名なのかも知れない。これを調べるには石巻千石船の会に訪ねるか、石巻図書館に訪れるしかないと受け止めている。

そんなことを考えながら、本日は昨日購入したばかりの魔法瓶(500CC)で週明けの晩の熱燗を嗜んでいる。酒の銘柄こそ墨廼江でないが、墨廼江という語感から受ける雅と清々しさに惚れ込んでいるのである。



横町挨拶
自分は酒と堀以外における墨廼江(墨廼江町、墨廼江川etc)に関する情報を求めています。インターネットのみでの検索ですが、恐らくこれを知る人も今は少ない気が致します。そう思うと祖父母が健在な時にでもと思うのですが、往時幼かった私には、そんなことは思ってもみないことでした。然らば、これはこれからの自分に与えられた課題として真摯に取り組んで参りたい所存です。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。


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