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ブログに於ける三つの山とは?
過去に於いて私はあまり人様のブログで取り上げないテーマを記事として取り上げてきた。それはブログに求められるモラルである。その目的は「自他に於ける快適なブログライフの実現」である。

私はブログに於いて求められるものとして、
①コンプライアンス(ルール)の厳守
②マナーの厳守
③自他のモラルの近似
今までに挙げてきた。これについて改めて本日は話を進めて行きたい。

この概念をわかりやすく説明するために下記のイメージ図を用いたい。
愛鷹山:コンプライアンス
古富士:マナー
箱根山:モラル

三つの山同士の二つ同士の裾野が重なっているように、ものによっては双方に属し、分けるのが困難なものも多く存在する。例えば礼節などは「マナー」とも受け取れるし、人によってはマナーよりも一歩進んだ「良識としてのモラル」と受け取るかたもお在りなのでないだろうか?敢えて分けることの必要がないとも受け取れるこれらの山々であるが、マナーとモラルの違いは一体どこにあるのだろうか?

PS:近年の私にはもう一つの山(モアベター)もあるが、詳細について述べれば長くなるので、昨年の12月25日投稿の記事「斬り捨て御免、ブログなるものを斬る」をご参照頂きたい。



マナーの定義について
これは「キャリアパーク!ビジネスマナー」というインターネットサイトから引用した「マナー」の概念である。引用した文章のように礼儀や一般常識とも言い換えることができるが、古今東西を問わず普遍的な常識と捉えれば間違えないようである。その根底には礼節の他、相手に対する至誠、信義、忠恕が含まれるというのは以前書いた『新ブログ総論』の中で述べた通りである。

モラルの定義について
次に「モラル」の概念である。「モラル」道徳や倫理観と解釈して間違いはないが、広義には境遇(国柄、地域性)や時代とともに変化する「各人の良識」とも受け取れるものである。逆に言えば、生きた時代(例:封建時代や軍国主義の時代と現代のモラルは大きく異なる)や地域(例:宗教も風習も違う外国と我が国ではモラルが異なる)によって変わりうるものである。

従ってモラルはマナーとは異なり、個々人による若干の選択肢が含まれるゆえ、強要してはならない分野である。このへんをわきまえないと、思想の押し着せに発展しかねないので注意が必要である。

インターネットに存在するブログマナーガイド
現在インターネットを検索すればブログのマナーについて触れたものはいろいろある。ブログを初めてまだ日が浅いかたはもとより、ベテランブロガーに於いても、自分を振り返る意味でこれらに関する記事を再度閲覧するのは有意義なことと察している。

インターネットに存在するブログモラルガイド
次に「ブログに求められるモラル」で検索してみた。ヤフーサイトからの検索でヒットしたのは私の『新ブログ総論』のみである。『新ブログ総論』の内容について興味のあるかたはヘッダーの【ミック論文「ブログ総論」】からアクセスして頂きたい。

読者様、ブロ友様に於いては、「ブログのモラルの在りかた」について扱ったサイトを見かけた際はご一報頂ければ幸いである。

マナーともモラルとも分けづらい点
これはブログのマナーについて触れたサイト(BLOGari様)からの引用である。今まで自分の更新した記事に、面と向かって自分の意見(主義主張)を否定し相反する主旨が書き込まれたことが何度かあるが、これはマナーに反することゆえ、返す返すも気をつけて頂きたい部分である。

また更新した記事の主旨にはほとんど触れず(全体への感想などを述べずに)、些細なこと(歴史を扱った記事に特に多いのが史実と違うという部分的な事実整合の合否)のみをコメントするのも、あまりありがたくないこと(コメントの場は交友を深める場であって揚げ足取りの場ではない)と捉えている。仮に間違いを正す文章を書くにしても、その中に慈しみの気持ちのかけらも見られなければ、自ずとモチベーションダウンに繋がってしまうのが恒である。(ゆえに、こうしたコメントには殊のほか礼節や仁愛の心が肝要)何れにしても更新者のモチベーションを落とすようなコメント(記事を書くのは難し、批判や批評は易し)だけはくれぐれも遠慮願いたいと考えている。

(コメントをされるかたは、投稿スイッチを押す前にもう一度よく考えて頂きたいものである。異論をどうしても述べたい場合は内緒投稿すれば更新者の面子を潰さなくて済むのでこちらを利用するのが得策であると考える。

次にコメントへの返しコメントの在りかたについて述べたい。私は人様の更新した記事では常に己を抑え、良きパートナーとなるように聞き役に徹している(忠恕の精神)が、過去に於いて、或るかたはそれを突っ込み不足と勘違いして、もっとはっきりとした主張のコメントをしたほうが良いと注意され、他のかたのコメントと比較されたこともあった。(そのかたとは残念ながら決別に至った。)実際の会話ならフォローも十分可能ゆえ、別れるまでに至らない些細なことであったが、ブログだとお互いの顔や表情が見えないので和解に至らなくなることが多い。

ブログにおける客観性とミックコンセプト
『ブログ総論』の中で私はブログを大河の流れのような概念としているが、大河の流れとは、岸の形状や川底の堆積物によって年月とともに大きく変化し続けるものである。従ってブログを取り囲む環境も時間の経過とともに、大きく変わって当たり前と捉えている。

執拗な付きまとい行為やスパム行為を受け嫌気が差してやむを得ずブログを離れたかた。心境や体調の変化でブログを離れざるを得なかったかた。周囲の環境変化で必然的にブログを離れたかた。性格や価値観の不一致で止むを得ず別れたかた…。こうして見ると常に己のブログと関わるかたは僅かな期間で大きく変化している。人為的に別れる際に気をつけねばならないのは立つ鳥跡を濁さずと離れて行くかたにけしてダメを押さないことである。なぜならそれは「ご縁の復活」に繋がるからである。(復活は何度も経験在り)

最後に
嬉しいことに、昨今数人のニューフェース様との出会いもあった。こうしたかたとの新たな出会いには大きな期待を感じるが、一方でブログライフを楽しむためには時として妥協も必要である。但し、気心の知れ渡ったお得意様とまだ付き合いの浅いかたで、妥協のニュアンスが大きく異なるのは事実。これには親交国と非親交国との付き合いとも酷似したものを感じるが、私は人々の本質に潜むのは「善」であることを信じて、分け隔てを意識せずに、人間同士真摯なお付き合いをさせて頂きたいと考えている。
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[タグ] 新ブログ総論

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