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カノン ニ長調
リンク曲「カノン ニ長調」解説
この曲は仙台市博物館の支倉常長の生涯を上映するミニシアターでBGMとして流れる曲であり、私にとって殊のほか思い入れの深い曲である。思い入れが深いと言ったのは、私が精神的不調に悩んでいたときに、二人の侍に成り切って、その後長い経緯を経て回復に至ったからである。(詳しくは書庫の中編小説『我が後半生と武士道』を参照ください。)

エッセイ「或る侍に思いを馳せる冬の夕時」
忘れもしない。あれは2007年の12月末のことだった。NHKの総合放送「その時歴史が動いた」の「伊達政宗 天下に旗をあげよヨーロッパ」に賭けた夢」が放映された。

※最初のほうに音声の途絶えるところがありますが、概ね問題なくご覧頂けます。
実はこの時、私はこの番組をVTRに撮り、その後繰り返して200回以上も見た。そしてこの時信じられないことかも知れないが非常に不思議な現象が起った。何度も見ているうちに自分が政宗の生まれ変わりであると本気で信ずるようになったのだ。これは彼の不屈の精神と私の負けん気が同調した瞬間でもあった。特に秀吉から国替えで領土を召し上げられたあとで、新たな領地で幸運にも金や鉄を大量に手に入れて軍事力を増強し復活した政宗が、カメラに向かって銃口を向けるシーンは私を勇気付け、眠っていた闘争心を大いに奮い立たせるものとなった。(これは2008年1月~春先にかけて実際に何度も体験したシーンである。)
 
  ※政宗に成りきった私の銃口の先に何があったかは読者の想像にお任せする。

伊達政宗が派遣した慶長遣欧使節団は幕府のキリシタン禁令で阻まれたが、政宗がヨーロッパに派遣した支倉常長はスペイン国王とローマ法王に謁見を果たし1620年に仙台に帰った。彼がヨーロッパから持ち帰った自分の肖像画はローマ法王肖像画、ローマ市公民権証書ともに393年後の2013年ユネスコ遺産に登録された。

支倉常長は1615年2月27日 王立洗足会女子修道院付属教会で支倉が洗礼を受ける。

※キリシタンになり十字架に敬虔な祈りを捧げる支倉(洗礼名:ドン・フィリッポ・フランシスコ・ハセクラ)

有給休暇を取った今宵は「カノン ニ長調」を聴きながら支倉常長に思いを馳せ晩酌に及んでいる。この成り切りがなかったら恐らく今の自分はなかったことだろう。また、極論に及べばこのブログも存在しなかったことだろう。そう思うと何か熱いものが込み上げてくるような気がする。

私は今でも窮地に追い込まれたとき、彼のことを思い浮かべることがある。大変不思議なことであるが、そうすることによっていつの間にか心の迷いが消え、平常心の中で己の成すべきことが思い浮かんでくるのである。

これは座乱読後乱駄夢人名事典様のサイトより転用した支倉常長の肖像(想像図)である。或いは彼の実像もこれに近かったのでないだろうか?如何にも貴族に列せられた彼に相応しく自信と威厳に満ちた表情が印象的である。


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