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Gerry Mulligan/in the Wee Small Hours of the Morning
リンク曲をGerry Mulligan/in the Wee Small Hours of the Morningとした理由
若い頃はこうした落ち着いたJAZZを聴くことはなかった。はっきり言えば地に足がついてなかったのである。他人の顔色ばかり気にしていたのである。一言で言えば自我が弱かったのだろう。孤立するのが怖かったからなのだろう。

しかし今は違う。多くの右往曲折、試行錯誤を経て、己の心の中にしっかりした核になるようなものが出来上がりつつあるからである。だからと言って自己客観視を怠っているというわけでない。自我が行き過ぎれば只の意固地以外の何者でない。人に偏屈と言われないために、指を差されないために、己を歪みのない鏡に映し、もし至らない点があったならこれを謙虚に正したいと思っている。

但し、全ての人に指を差されない生きかたなどは在り得ないとも思っている。もし在るとするならば、魂の抜け殻となる時であり、その様は死神の誘いさえ断れないふぬけと言えるのかも知れない。しからば、意固地にもふぬけにもならないために、中庸を目指したいと思っている。本日は中庸を本分とする私が或る出来事に際して、行き過ぎがあったかどうかを客観したいため、特にこだわってこの曲をリンクした次第である。

 新春の相馬中村神社を訪ねて
JR代行バスに乗って相馬駅に着いたのは11時過ぎのことだった。駅に備え付けの温度計を見ると摂氏12度である。この時期としてはやや暖かい印象を受ける。このあたりの気候で言えば3月半ばほどの気温である。風も生暖かく、一足も二足も早い早春の気配と勘違いしそうなきょうの相馬の天気であった。

中村という地名は住所にもなっているが、広義には相馬の中心地を呼ぶ名称で使われることが多い。「相馬中村」という特有の呼び名には、なにか響きのいいものを感じている。年始と言えどもこの閑散とした風情は如何にも相馬中村らしくローカルである。

中村城の外堀には水鳥がのんびりと浮かんでいた。

大手門にはこのような立て札が備え付けられていた。年明けで神社としては一番のかき入れ時である。

中村神社の参道脇に小さな馬場があるがご覧のような白馬が放されていた。愛嬌がよくて、人懐こく、如何にも賢そうな白馬であった。

中村神社の境内にはポニーも居た。特に子供や女性から人気が高い。目つきが優しくほんとうに可愛らしくて、見ているだけで癒される。

ここは相馬野馬追のとき、総大将出陣式が行われる神聖な場所でもあるが、きょうはお参りやお札を買う人、おみくじを引く人で賑わっていた。

ちなみに私は無神論者ゆえ、参拝をしたりおみくじは買わないので初詣ではない。寺社仏閣にもよく足を運ぶが、合掌はせず、あくまでも心の平穏を得るための訪問である。

相馬野馬追で出陣式を終えた武士たちの騎馬がこの橋を通ったのは5ヶ月少し前のことである。その勇壮さとは好対照を感じる穏やかな今日の中村神社の趣である。

長かった年末年始の10連休もきょうで終り、明日は出初めである。私は本日の神社訪問が心に平穏をもたらしたことに感謝しながら新春の相馬中村を後にした。
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