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宮城県民謡さんさ時雨
さんさ時雨か萱野の雨か
音もせで来て濡れかかる ショウガイナ
さんさふれ~五尺の袖を今宵ふらぬで何時のよに
 
武蔵あぶみに紫手綱かけて乗りたや春駒に
門に門松 祝に小松かかる白雲 みな黄金
この家お庭の三蓋小松鶴が黄金の巣をかけた
 
この家座敷は芽出度い座敷鶴と亀とが舞い遊ぶ
芽出度嬉しや思うこと叶うた末は鶴亀 五葉の松
扇芽出度や末広がりで重ね~の お喜び
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※宮城県民謡「さんさ時雨」解説:ヤフー百科事典から引用しミックが編集
 
さんさ時雨は宮城県仙台地方の民謡で、江戸中期から祝儀歌として流行した。本来は手拍子だけの歌で、三味線の伴奏がつくのは明治以降である。
伊達藩におけるこの歌は祝宴の劈頭、全員が正座して手拍子を打って厳粛に歌われた。
 
1589年、伊達政宗は会津地方の戦国大名、蘆名氏を、「摺上原の戦い」で撃破し事実上の東北の覇者となる。『さんさ時雨』は、伊達軍による勝ち戦の直後、その将兵によって作られ、歌われたとされる民謡とされるが異説もある。
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祝!仙台市地下鉄東西線開通
本ブログではこれまでに二度ほど、YOU TUBEリンクで「さんさ時雨」を取り上げてきた。但し、これはよほどのことがないとリンクできない曲である。

今の宮城県の若い人にはあまり馴染みがないかも知れないが、この歌は伝統的に仙台藩に伝わってきた祝いの席の歌である。結婚式、上棟式、新社屋落成式、船舶の進水式…、宮城県の人間にとってこの歌はけして忘れてはならないものであり、伊達藩の誇りでもある。これからも子孫に引き継いで行かねばならない古き善き伝統である。

私は息子とともにできたばかりの仙台市地下鉄東西線に乗った。本日はその様子をお伝えしたい。在来の南北線に乗り、仙台駅から東西線に向かう我が息子のテンションは高かった。私は本人には告げていないが、そんな息子を密かに頼もしく思っている。

仙台駅の南北線から東西線に至るには階段(エスカレーターorエレベーター)で下に下りなければならない。階段の壁面には100万都市仙台を見下ろす伊達政宗公の騎馬像が掲げられていた。宮城県の人間の多くは政宗公を尊敬している。なぜなら今の宮城県(仙台市)の骨格の多くは彼の構想によるものであり、その先見性を凌ぐ人物は彼の死後380年近くを経た今でも、なかなか見出せない由縁である。

「これでわしの考えた仙台にまた一歩近づいた…」仙台市青葉区の霊屋下の瑞鳳殿に眠る独眼竜政宗公は先日の地下鉄東西線の開通を心から喜んでいるのでないだろうか?そう思うと、大いなる心のときめきを感ぜずに居られない気がしてきた。

車体に貼られた「祝開業」の文字が眩しかった。

以前紹介したため、仔細は省略する(知りたいかたは本ブログの過去の記事を参照)が、乗っただけで最新のテクノロジーが凝縮された車両と察することができる。

在来の南北線に比べて車幅が狭くなっているが、インテリヤデザインによって、その狭さをさほど感じさせないものとしている。これは仙台市の謳い文句通りと受け止めている。

息子と終点の八木山動物公園駅で降りた。建物の屋上に登ると今まで見たことのない絶景が私と息子を待っていた。このアングルは方角的には北東方向である。正面に向かって、やや右の小高い山は仙台放送のアンテナがある大年寺山(茂ケ崎)である。

方角的にはほぼ南になる。単身赴任の私の住まいの亘理町は真ん中からやや左よりの方向である。遠望が効くという意味で、新たなるこのアングルは大きな衝撃を感ぜずには居られないものであった。これまで八木山界隈から遠景を見た多くのかたはそう感じたのではないだろうか?

これは八木山動物公園駅の外観である。建物の後ろに八木山動物公園がある。読者様、ブロ友様に於いては生まれ変わった仙台に是非お越し願いたい。仙台城、仙台市博物館もすべて同一系統の路線に含まれているのである。これには政宗公と言えども唸らずには居られないことだろう。

さんさ時雨を聞きながら今宵晩酌に及んでいる酒は超辛口の酒「政宗」である。それはもちろん政宗公の英雄振りにあやかりたい所以である。

私は今から息子が成人する日を心待ちにしている。祝いの酒はもちろん清酒「政宗」と決めている。
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