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 或る歴史講演会への出席
相馬に転勤してから私は相馬郷土研究会に入った。本日は午後からその研究会主催の歴史講演会に出席するべく、JRバスで相馬へと向かった。



きょうはいい天気であったが最高気温は10度くらいでコートが手放せない日であった。



会場は以前二宮尊徳の歴史講演会の開かれたのと同じ相馬市中央公民館である。ここでブロ友様の暇人ITYさんと待ち合わせた。彼とは初めてお逢いしたが、南相馬在住の二十代後半のかたで聡明で、如何にも才気煥発を感じる好青年であった。彼にはお近づきの印に私の書いた著物(歴史エッセイ)を渡した。



13時半から講演会が始まったが、予想された80名を大幅に超えた人数が集まった。前回の二宮尊徳の講演会も盛況であったが、今回はそれを遥かに凌ぐ大盛況であった。数えはしなかったが、優に百人を超えたようである。



本日の講師は東北福祉大学の岡田教授(文学博士)である。岡田氏の講座への出席は2013年2月の仙台市博物館で開かれた「戦国時代後期の伊達と相馬」以来2年10箇月ぶりであった。



講演会が始まる前に名刺交換をした。暇人ITYさんとは隣同士で受講に及んだ。



講演の内容は「中村藩の成立と家格の形成」である。特に印象に残った内容として
①相馬氏は元々外様大名であったが、徳川家筋の土屋家と婚姻関係を結ぶことで譜代大名に転身したこと。
②相馬氏の祖はよく平将門であったと言われるが、これは間違いで、祖を平将門と共通するという表現が正しいこと。
③中村城が1611年に構築された理由は従来までは隣藩の伊達氏に備えるためと言われてきたが、実際は水運の利便性を意識しての選択であったこと。
などである。
④伊達政宗の派遣した慶長使節団の船(サンファンバウティスタ号)のキャプテン格であったスペインの大使であるビスカイノが慶長の大津波に遭った直後に相馬を訪れてその惨状を日記に書きとめ、彼自身が相馬から厚誼を頂戴したこと。



私がこうした歴史講演会に出席する大きな理由は以前も述べたが、執筆意欲の向上を期待するものであるが、岡田教授の講演はその欲求を十分に満足させるものであった。講座が終了したのは16時近かった。モチベーションを高揚に致しめる有意義な講座であった。暇人ITYさんとはまたの再会を約束し別れた。
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