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Gerry Mulligan Ben Webster In a Mellow tone
「トリスが似合う男になりたい」
いよいよ還暦が近くなり、時の経つのが以前よりも早くなった気がしている。若い時は見えなかったものが、年を重ねてようやく見えてきた。私のサラリーマン人生を振り返ると出世は逃したが、その分魂を売らずに済んだゆえ、それはそれでいいと自分に言い聞かせている。それは負け惜しみに聞こえるのかも知れないが、今の私はそんなことを言われたくらいで目くじらは立てないし、あくまでも自然体でありたいと思っている。

人の世には様々な人生がある。これを一口で言えばピンキリとなる。もちろんサラリーマンにもピンキリがある。現代サラリーマンの姿を描いたインターネットサイトを見ると大雑把に言って出世するのは全体の二割、淘汰されるのが三割、その中間を行く現状維持層が五割であるという。さすれば、自分の描いた人生設計の通りに行っている人はごくわずかである。

では、二割の中に入れなかった残りの者はどうすればいいのか?夢も希望もないのか?私は精神的病を患い、出世競争に敗れてから、ずっとこれを視野に入れ、その難問に取り組んできた。確かに、出世組に媚を売って可愛がられるのは一番たやすいことかも知れないが、私は数年前その選択に迫られた際に、悩みに悩んで敢えて魂を売らない選択をチョイスした。

今思うに、猿使いと猿の関係(新顔の猿に猿使いが噛み付き、お前の親分は俺なんだということを知らしめる儀式)を蹴った私は内海から外洋に漕ぎ出した小舟(いつ転覆して社会の藻屑として消え去っても、おかしくない存在)のようなものだったのかも知れない。このときの私は「出る釘は打たれる」という組織に於ける普遍性のような図式に出くわしたのである。

何度も圧力に屈しそうになった時、私の脳裏に飛来したのは戦国時代に稀なる生き残りを果たした侍(伊達政宗家臣、大内定綱)の哲学だった。http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/32479117.html
即ち、サラリーマン社会で打たれる御仁は釘の出方が足りないために打たれるのではないのか?どうせ出るなら中途半端にならずに、とことん出た釘になってやろう。そんな思いが私の脳裏に浮かんだのである。

こうして私は権力に逆らった。蟻地獄のような思いを味わったときもあった。但し、土俵際まで追い詰められても、アウトロー精神だけは失うことがなかった。もちろん反逆者のレッテルを貼られた。必然的に取り巻きはなくなり一匹狼となった。丸腰の一匹狼では通用しないゆえ、我が身の保身のためにマキャベリの「君主論」や、人として遂行すべきモラルのあり方を探るために「論語」を学んだ。敵を知り、己を知り、こうして私は猿から狼に身を転じ、猿使いに噛み付かれる儀式を阻止したのである。

出世を収めた御仁に於いてはそんな私をどう思うのか?さぞかし要領の悪い奴と思うことだろう。だが、私は正々堂々と奴らに言いたい。「お前らにそう言われる筋合いはない。確かに俺の失ったものは大きかったが、得たものも大きかった。」と。

さて、本題のTORYS  CLASSICについて述べたい。安いウイスキーに違いはないが、ただの安いウイスキーとは一線を画す。それは、僅かながらスコッチウイスキー本来の持ち味である芳醇な味わいを漂わせるからである。

例え野武士(主君を持たない武士)であっても武士には違いない。ゆえに私はTORYS ウイスキーを心から愛し、誇りを持って、これからも媚を売らない独自路線を歩むのである。
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