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我が祖国「モルタヴ」byスメタナ
※リンク曲「我が祖国 モルタヴ」解説(Wikipediaより引用)
1874年作曲、1875年4月初演のこの曲は、ヴルタヴァ川の流れを描写している。二つの源流を元にするヴルタヴァ川はやがて合流し一つの流れとなり、森林や牧草地を経て、農夫たちの結婚式の傍を流れる。

夜となり、月光の下、水の妖精たちが舞う。岩に潰され廃墟となった気高き城と宮殿の傍を流れ、ヴルタヴァ川は聖ヤン(ヨハネ)の急流で渦を巻く。そこを抜けると、川幅が広がりながらヴィシェフラドの傍を流れてプラハへと流れる。そして長い流れを経て、最後はラベ川へと消えていく。

※この曲をリンクに及んだ理由
クラシックは非常に奥が深い。これは私にも言えることだが、クラシックに関わらず、自分が聞きなれない曲に直面すると、聞き処に達するまで待てなくて聞くのを止めてしまうことが多い。これがクラシックを一層敷居の高いものにしている。但しこの敷居を越えた際に味わえる感動は他と比べようがないほど重厚なものである。即ち、一度入り込むとどっぷりとはまるのがクラシックである。異質とも言えるこのような魅力は文学や歴史、哲学とも指向が似ているのかも知れない。

多くの人は「祖国」や「故郷」という文字から郷愁を誘われる。従ってこの曲からも「祖国」や「故郷」を連想する人も多いことだろう。曲のクライマックスが己の郷愁と重なるとき、その思いは更に現実から浄化され、過ぎ去りし日の美しい思い出が瞼の裏に展開されることだろう。

阿武隈山地の紅葉を求めて
三連休の中日となった昨日は天候に恵まれた昨日の日曜日、私は久しぶりにバイクを南西に向かって走らせた。バイクで数分走ればこのような山林にぶつかる。太平洋性の気候の為、此の地は東北にしては温暖で落葉樹が多い。冬場に於いて仙台から南下して、阿武隈川を渡って亘理町に至るとそれだけで暖かいと感じると言われる。仙台とは着るものがシャツ一枚違うというのである。

数千年にも及ぶ阿武隈川の沖積と海から運ばれた砂の蓄積が広大な亘理平野の源であるという。阿武隈山地という極めて古い地層と新しい平野の複合が緩やかな起伏に富んだ地形を生み、温暖な気候が雑木林などを育み、此の地亘理地方に豊かな新天地をもたらしたのである。

下図でルートを確認して頂きたい。破線は主に最近整備された登山道である。木も伐採されて歩きやすくなったと聞いている。まさにワンダーフォーゲルに最適な遊歩道である。夜討坂とは物騒な名前であるが、チャレンジしたくなる登山道であった。

長瀞ガーデンとサニータウンという二つの団地の西側を掠めて南に向かうと長い下りに入る。同時に今まで木々に見え隠れする程度だった阿武隈山地のなだらかな丘陵地が右側に捉えられる。道の向こうに何があるのか?

それを司る好奇心が頭の中に泉の如く湧いてくる。山あり、林あり、野あり、田あり、川あり、沼ありと極めて変化に富んだバリエーションゆえ、走っても走っても飽きることがない。

亘理地方にはこのような史跡も多いが、その多くは調査途中か未調査のようである。

針葉樹と落葉樹が混ざった植生はあちこちに見られるが、このあたりは麓に杉が多いようである。

遥か向こうの林で焚き火をしているようである。仙台近郊では見られなくなった焚き火が此処に来ると見られる。如何にも長閑な風情である。

亘理町には稲作のための人口の池も多い。気温はやや低めだが、この時期としては平年並みの17度。日差しもあり、ほぼ無風でジャンパーやコートがあれば快適に過ごせる一日であった。


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