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ラデツキー行進曲
ラデツキー行進曲解説byミック
この世を生き抜くにはテンション
を高く保たねばならない。忍耐もいいが、それだけで人間は持たない。時には自分への褒美も必要となるのである。私は今まで数々の行進曲(マーチ
)をブログにリンクさせてきた。きょうはその理由を説明したい。

人間は誰でも落ち込むときがある。但し、落ち込んだときにそれを打開する方法は百人百様である。スポーツ
、ダンス
、芸術鑑賞
、創作
、ギャンブル
、グルメ
、ショッピング
、ドリンキング
…それはとても数え切れるものでない。肝心なのは、その数え切れないものの中から的を絞る必要性があるということである。

二兎
を追う者は一兎
を得ず。これは還暦
を目前にした私が身をもって感じることである。ノーベル賞学者


とて二兎

は追ってない。逆に言えば二兎

を追った者は例外なく大成しないのである。

前置きが長くなったが私はこの普遍性を息子
に伝えていきたいと考えている。私
はこのようなマーチ
を落ち込んだときに聞くとモチベーションを回復できることを幼少期に己の肌身に刻んだ。但し、息子
にマーチが合うか否かは確認してない。押しきせは無用と心得る。ゆえに、息子
にはそれを一つのヒントとして伝えたいと思っている。即ち、それが合わなければ独自のものをもって自分のゾーンを構築して欲しいと望んでいるのである。

きょうの朝、私は息子
とこのような対話に及んだ。息子は大筋で理解していたようであった。親バカと言われるかも知れないが、私
はそんな息子
を頼もしく思っている。

そんな私
が本日息子
と訪れた場所はJR東北本線陸前山王駅である。

仙台駅からわずか15分でこのような長閑な田園地帯に囲まれた陸前山王駅に到着する。こうした背景の考察に及ぶとき、藩祖伊達政宗公のもたらした豊かな農作地帯の構想を感ぜずにはいられない。

没後380年近い人物が今でも郷土の英雄と言われる由縁に私は口を挟む術さえない。それだけ政宗公の足跡は宮城県人にとって偉大なのである。

旧道を北に向かった我々を迎えたのはさもない田舎道であった。右側の道路は三陸道から分岐した幹線道路である。

息子とともに陸橋の下をくぐった。行き止まり?に遭遇したと思ったが諦めるのは早計である。線路を越えるのはご法度であるが、潜ればいいのである。

右手に川を見ながら黙々と河畔道路を歩いた。口数の少ない息子だが心の奥底で通じるものがある。男同士の付き合いは古今を問わず寡黙でなければならない。寡黙な中で相手の意向を察するだけの度量を身につけることが肝要である。

画像中央を凝視して頂きたい。多くのインターネットサイトに触れるに、川べり歩きの大きな付加価値としてバードウォッチングが挙げられる。息子は鶴や青鷺に際し、シャッターを切っていた。これはけして私が教えたことでない。息子の自我が育つのを何よりも楽しみと捉える昨今、これ以上のことはないと思っている。

我が息子はまだまだ経験が浅い。ゆえに川べり歩きを簡単に考えていたようである。まるで太宰治のようなマントのみで臨んだ息子には、私のジャンパーを着せた。私は百均ショップで講習した合羽を羽織って最後まで歩き通した。

30分ほどでJR仙石線多賀城駅に着いた。

息子と一緒に駅構内のレストランに入った。オーダーしたのは五目あんかけ焼きそば(¥850)である。食べ応えは十分であった。

息子とは最低限度の会話でいい父子関係

をキープしている。父子の付き合いに多言無用とはまさにこのシチュエーションと察している。
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