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Florentiner March
リンク曲フローレンティナー行進曲解説

作曲者のユリウス・フチーク(18721916)はチェコのプラハに生まれる。44年の生涯を閉じるまで300曲以上のマーチ・ワルツ・ポルカを作曲しチェコのマーチ王と呼ばれ

フローレンティナーとはイタリアのフィレンツェの事を指す。フチークがイタリアを旅行した際に作曲したもので明るく大らかなメロディーの中に 彼の南ヨーロッパへの憧れを聴く事が出来

 ブログモラル雑感
世には様々な人がいる。ゆえに私を含めて己の価値観が全てという考えは捨てたほうがいい。深読みによる思い込みが人との擦れ違いを生み、客観とはかけ離れたものになる。これは古今東西数限りなく繰り返されてきたことである。まして、顔の見えないSNSに於いてこうした擦れ違いは日常茶飯事である。顔を合わせて笑顔で会話を交わせば仲直りできる同士も、それがかなわないため、別れるという選択肢を選ばざるを得ない。

私は今まで厳重なる警戒をもって自己ブログの防衛網(分厚い大気圏)を敷いて来た。それは未知なる小惑星との衝突を避けるためである。但し、小惑星衝突までは至らないまでもブログを運営する以上、無数の隕石に見舞われるのは止むを得ないことである。私はこうした擦れ違いで、今までブログで数十人のかたと別れを告げてきた。少なくてもこのうちの半分は顔を合わせられるシチュエーションならば別れなくても済んだものと受け止めている。

前置きはさておき、本日はこうしたブログに於ける人づき合いを私の視点で述べたい。初めにお断りしておくが、くれぐれもこれは私の意見ゆえ、人様から異論があるのは百も承知である。

初めにブログ初心者に多い傾向について述べたい。過去の私も含めてブログ初心者が陥りやすい傾向は他人の更新したブログと自分の更新したブログの見境がつかないことである。私は以前自分が更新した記事をホームグランドと位置づけ、人様のブログに訪問したときのビジターとどんな違いがあるのかを、あくまでモラル面について述べてきた。(ヘッダーの「ホームとビジターの違い」参照)

即ち、人様の更新した記事に訪問しコメントをするときは記事の内容に沿ったものを書くのが鉄則である。初心者のうちは、あまり記事と関係のない自分自身のことだけを書きたがる傾向が強い。何を隠そう今の自分もいつの間にか、こうした傾向に走ることがたまにある。即ち、気づいたときには自分のことばかり書いて、知らず知らずのうちに記事の内容から遠く離れてしまうことがよくあるのである。

これは人間は話すときのほうが聞くときよりも快感を感ずるという傾向がある由縁と捉えている。私はそれを踏まえ、投稿スイッチを押す前に今一度客観視を行い、軌道修正に及ぶよう心がけている。

然るに、中にはこれがなぜモラルに反するのか疑問を感じているかたも居られる。これをはっきり申し上げたい。それは極論に於いて、これがまかり通れば人様の更新した記事の内容などはどうでも良い(書きたい放題の無法地帯)ことになるからである。即ち、相手様が汗水垂らして更新した記事を無視するに等しい行為となる。

ブログに於ける売名行為ほど見苦しいものはない。己のことだけを注目して欲しいと思うのは言語道断。そういう御仁は一方通行のホームページに己の活路を見出すべきである。ブログはあくまでもキャッチボールが基本であり、売名行為を行う御仁は、ブログの本質(ブログは持ちつ持たれつの関係で成り立っている)をよく理解すべきである。

それと、昨今気になるのは人様のブログに対し、右のものを左とし、左のものを右と書く御仁が居ることである。人の性格など百人百様、ゆえにまだ知り合って間もない相手方に歯に衣を着せない批判を浴びせるのは如何なものか?そうした御仁は思慮(思いやり)が足らない。相手方が批判を受けてもいい性分なのか、悪い性分なのかを見定めてから(お互い気心を通じてから)批判をしても遅くないはずである。

私は人の立ち入って欲しくない領域に敢えて足を踏み入れることは、日本間の畳敷きの座敷に土足で上がる行為同然(修行不足)と心得る。自分と間が合わないブログに出くわした際以前は、触らぬ神に祟りなしを決め込んだ私だが昨今は内緒投稿で私見(和解に至るための進言)を述べることがよくある。私は以前から自分のスタンスをボクシングでいうファイタースタイル(相打ちを覚悟で前に出る姿勢)と公言してきた。(書庫の自作エッセイ「私の尊敬するファイター」http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/32725618.htmlで閲覧可能)

昨今はこのスタンスを履行に及び、別れを免れる場合も多い。これは戦国の世に於いて敵対した相手がたに際し、篭城し、兵糧攻めをされた際、一か八かで打って出る(武力行使とは異なり、和議を申し立てる)スタンスと酷似している。諦める前に打って出る(和議を申し立てる)のが昨今の私の姿勢である。

本日はブログ初心者云々といろいろ書いてきたがもちろん例外もある。例え私が初心者に多いスタンスと述べたかたであっても、そうした姿勢でずっとブログを継続しているのであれば、これは立派なベテランとして認めざるを得ないのである。

但し、その御仁と相性が合うか合わないのかは全く別の問題である。存在は認めるもののそうした御仁とはつき合いはできないだけである。私のブログは攻撃的なブログと呼ばれてきた。私はそれを否定しない。アグレッシブゆえに人を能動的に選ぶし、人からも選ばれるものであるのを百も承知している。はっきり言えば「人をいじるブログとは絶対に付き合わない」ということである。

但し、私がどうしようもない堅物でフランクな関係を望まないというわけではない。フランクか否かはお互いの信頼関係の有無が大きくものを言う。それには礼節と仁義(親しい仲にも礼儀あり)が不可欠と受け止めている。
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