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 若宮丸漂流民が体験した世界一周
昨日の9月25日(金)私は息子と共にある講座を受講してきた。その講座は東北学院大学・地域共生推進課主催の「震災と文学」シリーズである。

地下鉄を降りて、息子と早めの夕食を済ませた私たちは会場となった東北学院大学へと向かった。本講座への出席は今回で三回目である。

「震災と文学」の私の受講履歴
一回目:2014年10月31日(金)『奥羽越列藩同盟 東北政権樹立の理想と挫折、そして今』講師:歴史作家・星亮一氏
二回目:2014年12月5日(金)『水辺を訪ねて考えたこと』講師:作家・佐伯一麦氏

大島氏は1953年生まれ、サーカスのプロモーターをされて30年近くになるというが、作家活動もされておられる多才なかたである。

受講者の傾向として歴史関係の講座となるとぐっと年代層が上がる。受講者の顔ぶれを眺めると平均して60代といったところである。ゆえに十代後半の息子は、最年少だったのかも知れない。

講座の初めに協賛の荒蝦夷(あらえみし)のほうから、大島氏の出版した本の紹介があった。

私のブログでは大まかな流れのみを記すに留め、敢えて詳細は述べない。1793年の年末に宮城県石巻市を出港した船が強風に遭い漂流しアリューシャン列島まで流されたことに発端を期するものである。

再び船に乗りオホーツクに着いた一行はイルクーツク~モスクワを経てシベリア大陸を横断した。その間に現地で亡くなった者、そのまま居着いた者、帰国を希望しない者を別にして4名が11年ぶりに帰国に及んだ。

酷寒の大地の旅は想像を絶するような厳しさで、恐らく飢えと寒さとの戦いだったに違いない。

オホーツクに着くまで一人が亡くなっている。家族と再会を果たせずに、異郷の地で寂しく死んでいった者の心境を思うと居た堪れないものを感じる。

漂流民は全員が宮城県出身で年齢は出港した時(1793年12月)のもの、水主とは水夫のことである。

大島氏は気さくなお人柄で、なかなか好感がもてる人物であった。同氏の今後のご活躍を期待したい。

講座を終えて息子と感想を交わした。日本史や郷土史には今一つピンと来ない息子であったが、彼とは年代の壁を越えた大人同士の付き合いができ、非常に有意義なひと時を共有できた講座であったと受け止めている。
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