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 丸森町小斎地区の歴史探訪
9連休2日目のきょう、私はバイクで宮城県南部の丸森町の史跡を訪ねることにした。中身の濃い内容だったので一度での掲載とせず、本日は回ったところをダイジェストでお伝えしたい。天候は秋晴れといいたいところだが、気温が26度くらいまで上がったため、標高がやや高く登ったり降りたりする紫小屋城での探索は少しきつかった。


最初に訪ねたのは鹿島神社である。歴史研究(伊達と相馬の研究)の名刺を渡し、神主さんに挨拶し、昔小斎を支配した伊達の家臣だった佐藤宮内(くない)の話をしたところ、神主さんのご厚意で初代である佐藤紀伊為信の鎧甲を見せて頂けることになった。その様子は次回としたい。


史跡・矢の目館、これは昨年の夏にブログで紹介した平城で1576年に領土奪還を目指した伊達輝宗(政宗の父)が陣を構えたところである。ここでは地主と会い、歴史エッセイ(伊達と相馬シリーズ)を渡し、写真を撮らせて頂いた。

それでは本日のルート(水色)と立ち寄った史跡をご覧頂きたい。
オレンジ:鹿島神社
黄色:矢の目館跡
赤:紫小屋館跡
※約1.8倍まで拡大可能


昼食をとったのは紫小屋館のすぐそばにある蔵っこである。

ここではラーメンライスを食した。家庭の味といった風情は如何にもローカルな町に合うものである。


まだ、出来て日が浅い紫小屋館の物見櫓から蔵王方面を望んだ。収穫が近いせいか田の色が日増しに黄色くなってきた。

ほぼ写真中央の屋敷林に囲まれた民家二軒のうち、遠いほうが矢の目館跡(伊達陣営)である。よって1576年に於いては紫小屋の相馬とにらみ合いが続いたシチュエーションとなる。


紫小屋の高台の西側の麓にある遊仙寺には、歴代の佐藤宮内の墓がある。これについては後日、日を改めてアップしたい。

これは帰路の国道6号線沿いにある某野菜ショップで買った栗(\250)とナス漬け(¥150)である。それにしても安い。

今はこれをつまみとして芋焼酎のオンザロックで晩酌に及んでいる。本日は佐藤紀伊為信の甲冑の撮影など、非常に成果の多い史跡探訪であった。私はこれによって授かったモチベーションを新たなる創作意欲に繋げたい所存である。

次回は佐藤紀伊為信が登米の合戦で討ち死にした際、身につけていたとされる鎧甲を紹介したい。
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