fc2ブログ
私の生き方を大きく変えた大河ドラマとは?
つい最近YOU TUBUで1970年NHK大河ドラマ「樅ノは残った」が登場し、ウェブサイトからリンク可能になったので紹介する。尚、この「樅ノは残った」大河ドラマ版は数十作にも及ぶ大河ドラマの中で、87年に放映された「独眼流政宗」とともに数少ない(二作品)仙台藩に関するものであることをお伝えしたい。本日は総集編の前編と主な配役と見どころなどについて解説したい。

伊達騒動(寛文事件)は江戸時代に於ける三大お家騒動の一つとも言われ、仙台藩の内情と幕府の思惑(外様大名取り潰し)の重なった非常に複雑な事件として存在し、これまで様々な人々が解明に挑んだが全容が解明されていないものである。そのストーリーは伽藍千代萩などの大衆演劇の題材として脚色され、江戸時代から人々に親しまれてきており、人々の間には劇から伝わった印象が深く関わり、伊達兵部と原田甲斐は逆臣、伊達安芸は忠臣という印象が強くなっている。しかし一部の歴史学者はこれを否定し原田甲斐を忠臣としたり、これまで忠臣とされてきた伊達安芸を偽善者ともしている。そして、昭和33年には山本周五郎氏が小説「樅ノ木は残った」に著すなど、事件に関わる異説も数多く出てきている。

実社会に於いて困難なことに直面した際、時として大河ドラマなどで得たものが解決へのヒントになることがある。例えば登場人物の一人称(わし、それがし、拙者etc)や二人称(お主、そこもとetc)に触れることによって登場人物の微妙な力関係が汲み取れるが、それを応用すれば企業などの組織に於ける人間関係にも使えるものとなる。即ち、通常は侍社会に於いて、目上の者の座る席は家臣の座る席よりも上座に近い位置になるが、意識して「そこもと」(貴殿:自分と同格か下の者に対する呼び名)と呼ぶことで、上位者である相手に微妙な心理的圧力を加え、対等な立場で対話することが出来るようになる。そのように呼ぶためには相応の覚悟を要するが、このあたりは侍言葉の奥深いところである。

私はそのような侍の心意気を含んだ言葉遣いを応用してサラリーマンとしての生き残りを探ってきた。危機に直面しそうになったとき、この「樅ノは残った」からも大きなヒントをもらったことがあった。侍もサラリーマンも縦社会ゆえ、侍にとっての席次とサラリーマンにとっての職位は酷似している。己の席次を奪われそうになったとき、侍は命を張る。然るにサラリーマンにもそのような仕儀が起これば傍観するわけにいかない。時と場合によっては己の席次が奪われそうな場面に及んだ際、首を賭けてでも名誉を遂行しなければならない所以である。以前私は「礼節のない者は恐れるに足らない」と述べたが、天は人の上にも下にも人を創らない(憲法14条「法の下の平等」)のであれば、「公平さを欠いた呼び名をする者や非礼な振る舞いをする者にはこれに乗ずるだけの隙が既に生じている」ということである。

風になびく鬱蒼とした竹林を背景に登場する様々な面は人間の喜怒哀楽を暗喩するものである。このオープニング映像を見た多くの幼子は泣き出したと言われるほど往時、大物議を醸し出しものである。プロデューサーがオープニング画像で意図したかったのは、「国や藩の生き残りの影には犠牲者が存在する」という世の普遍性なのかも知れない。

主役の原田甲斐(1619~1671)を演ずるのは平幹次郎である。様々な思惑を己の心の中に留めるためには強靭な精神力を要する。己の感情を顔に出さないのが武士の常ながら、彼ほど原田甲斐役にはまる俳優も居ない?と受け止めている。

伊達兵部(1621~1679)役には佐藤慶(右)、往時の最高権力者大老・酒井雅楽頭忠清と政略結婚を図り、伊達藩乗っ取りの謀略をたくらむ。間者(スパイ)を遣わし、襖越しに原田甲斐の周囲を詮索する伊達兵部。23分30秒頃から登場するこのシーンは兵部と間者が交互にフォーカスが宛てがわれる。本作の大筋とも言える伊達兵部の謀略は原作者山本周五郎の意図するところゆえ、非常に素晴らしい演出と受け止めている。

北大路欣也演じる酒井雅楽頭忠清(さかいうたのかみただきよ1624~1681)

幕府大老。上野厩橋藩第4代藩主。雅楽頭系酒井家宗家4代。第4代将軍徳川家綱の治世期に大老となる。三河以来の譜代名門酒井氏雅楽頭家嫡流で、徳川家康、秀忠、家光の3代に仕えた酒井忠世の孫。久世広之、土屋数直、板倉重矩らの老中達と共に将軍家綱を補佐して殉死禁止令や、陸奥仙台藩62万石の伊達家で生じた伊達騒動(寛文事件)や、延宝年間に越後高田藩で生じた越後騒動などのお家騒動の裁定に関わる。

最高権力者の大老とは言え、「樅ノは残った」に於いては仙台藩乗っ取りをたくらみ、老中の久世大和守に諌められるという役回りである。

伊吹吾郎演ずる伊東七十郎(1633~1668)
熱血感という言葉は彼のためにあると言っても言いすぎでない。彼は仙台藩士伊東理蔵重村の二男として、現石巻市北村地区に生まれた。仙台と江戸をたった二日間で走り、米を一度に五升も喰らうなど烈士、豪傑としてその名を轟かす。寛文事件においては伊達家の安泰のために対立する一関藩主伊達兵部を討つことを甥である伊東采女重と謀ったが、事前に計画が漏れて捕縛される

七十郎は入牢の日より絶食し、処刑の日が近づいたのを知るや『人心惟危、道心惟微、惟精惟一、誠厥執中。古語云、身をば危すべし、志をば奪べからず。又云、殺べくして、恥しめべからず。又云、内に省てやましからず、是予が志也。食ヲ断テ、卅三日目ニ書之也 罪人重孝(七十郎本名)』と書いて小人組万右衛門に与えた。

伊達兵部の「上位討ち」という名目で両親を殺された畑宇乃役には吉永小百合。原田甲斐が宇乃の後見役となるが、宇乃はショックで失語症に陥る。このあたりは原作にはないものであり、後に、NHK側と山本周五郎との軋轢に発展したといういわく付きのものである。

甲斐のことを「おじ様」と呼ぶ宇乃だが、彼女の心にはいつしか恋心が生まれる。

次回は大河ドラマ「樅ノは残った」総集編後編についてお伝えしたい。
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)