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尊敬する阿川弘之氏への追悼
作家の阿川弘之氏が去る8月3日、94歳でなくなった。謹んで冥福をお祈りしたい。奇しくも本日取り上げる記事に彼が登場することになったが、つい一時間前まで私は彼の死を知らなかった。さきほどインターネット検索で偶然に知り得たゆえ、その衝撃は極めて大きかった。またしても文学界の巨星墜つというのが私の実感である。

彼は志賀直哉の末弟子であった。私はこれも何かの因果と受け止めている。因果と申し上げたのは彼が1980年代の半ばころ師匠である志賀直哉の出身地の石巻市(私の郷里)に訪れたことである。それは伝記『志賀直哉』(野間文芸賞受賞作品)を書くための取材であった。この時の彼と会った石巻日々新聞社の武内氏(現石巻NEWSeese館長兼常務取締役)は往時の彼のことを「非常に几帳面で鉄壁な人物」と語っている。

阿川氏が師匠志賀直哉の故郷を訪ねた二十数年後の2012年、私も彼と同じく直哉と石巻の関わりを知りたい一心で生家のあった住吉町や石巻市の教育委員会、石巻日々新聞社を訪ね歩いた。この時初対面であった武内氏からは往時の四方山話をいろいろと聞いた。その様子は極めて興味深いものだった。


私は心から志賀直哉を尊敬している。恐らく二十数年前の阿川氏もこれに近い感覚で石巻を訪ね歩いたのではないだろうか?私はそのようなことを思いながら、武内氏の話を一言も漏らすまいとこの話(阿川氏の石巻探訪)に聞き入った。武内氏は阿川氏のメモ帳が半端でなく細かいのにかなり驚いたという。やはり北杜夫をして「この師匠あってこの弟子あり」と言わしめただけある。この日は壮年時代の阿川氏の剃刀のような鋭い切れ味を改めて思い知った一日であった。
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エッセイ「作家にとって批評はありがたいものか?」
創作家の多くは自我が強い。その自我が個性となり執筆意欲にも繋がるものであるが、同時に批判の対象にもなる。往年の志賀直哉はそうした批判者(評論家を含む)を徹底して嫌った作家であった。阿川弘之氏によると、一部の批判的な評論には彼の筆が進むのを妨げたものも多かったと聞く。小説の神様と言われた彼の強靭な個性をして、「世の多くの評論家は存在しないほうがいい」とまで言わしめたほどである。


また、歴史作家の山本周五郎について、愛弟子である早乙女貢氏は周五郎の周囲には常に論敵(史実との整合を問うものが多かったらしい)が存在し、その争いは酒席に於ける討論だけに留まらず、時として殴り合いの喧嘩にまで発展したとされる。


私はしがない物書きの端くれであり、このような巨匠とは比べるべくもないが、その気持ちだけはよくわかるつもりでいる。きょうはその件について実例を挙げながらお伝えしたい。

私は現在、或る文芸誌(同人誌)に歴史小説の連載をして頂いたり、或る季刊誌に歴史エッセイを書いているが、読者の皆様からは色々な感想をお寄せ頂いている。その感想の中には追い風となりうる激励もあれば、逆風となる痛烈な批判もある。昨今の私は前者をありがたくお受けし、執筆活動への悪影響をもたらし得る後者についてはなるべく読まないようにしている。

先日、知人のA氏から「貴殿の書いた作品の一部が史実と違うというかたがいるので、そのかたに直接電話してくれないか?」との打診があった。私は「そのかたと会ってお話すのはやぶさかでないが、今の私にそのかたと電話で話して、冷静で居られるだけの度量もないし、何のメリットも感じられないゆえ、それだけはできかねます。」と丁重にお断りした。

過去に於いてブログでも何度かこうした類の書込みがあった。A氏の話をお断りしたのは、匿名的な色合いの濃い電話やブログでのこうしたやり取りを経てのメリットはほとんどなく、逆に執筆活動への妨げとなるのを、何度も経験してきたからである。但し、これは徳川時代の鎖国とは一線を画するものである。私は「来るものは拒まず」というスタンス、即ち、アンテナを広げねばならないという意識だけは持っているつもりである。

だが、人様の意見(批判)を聞くには条件がある。それは論評者との対面が一方通行的なものでなく、お互いに顔を合わせ得る等、フィフティーフィフティーなもの(歴史討論会etc)に限って認めたいということである。

歴史作家は歴史家でない。私はどんな歴史作家も叩けば埃の一つや二つは出ると思っている。かつて、司馬遼太郎が独眼竜政宗のことを書いた作品の中で政宗の母である保春院(義姫)が毒殺事件を起こし、伊達領を出てから二度と戻ってこなかったという間違い(実際は彼女は出来たばかりの仙台城に迎い入れられた)を見つけたが、彼も人の子ゆえ、こうした些事でいちいち目くじらを立ててはいけないと思っている。多くの作家は思い込みが強い。その思い込みの強さがペンを進める大きな推進力となる。読者に於いては、頭ごなしでこうしたことを批判する(揚げ足取り)のではなく、それを暖かく見守る思いやりの気持ちが欲しいと思う昨今の私である。

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