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National Anthem Of Uruguay
5年8ヶ月前にリンクしたウルグアイ国家が無効になったので、本日再びリンクする。

ウルグアイの国旗は隣国アルゼンチンのものと似ているが違いあくまで同国の独自性を見するものである。歌詞は中南米国歌に見られる勇壮的で威厳に満ちたものであるが、命と引き換えに独立、自由を勝ち取るのだという過激な内容である。

ウルグアイ国歌は曲が長いために、一般的には国歌独唱は代表的な一番だけが歌われるようである。前奏だけで1分を費やすこの曲だが、この前奏には曲を盛り上げ、国の威厳を表す効果が含まれている。1分56秒で演奏が終わったと思いきや、再びよみがえったように演奏が開始され、メロディーがまるでオペラのように劇的に徐々に高揚していくようすは独特のものであり、思わずこの歌詞の意味(スペイン語の言い回し)を知りたくなる。

この曲のよさは一度聴いただけではわからないかも知れない。この曲は聴けば聴くほど名曲に聴こえる。非常にテンポの早い曲でクラシックとマーチをたして2で割ったような感じがするが、緩急をつけて曲を徐々に盛り上げていく演出は他に類を見ないほど凝っており素晴らしい。

ウルグアイ国歌【訳】森美津子
オリエンタレスよ,命を失っても我が国を守れ!
(
注釈、オリエンタレス:ラプラタ川東方の民族、ウルグアイ人を指す。)
自由を侵されるならむしろ栄光の死を望む!
この真心の願いを勇ましく成し遂げよう!
オリエンタレスよ,自由を求めよ!

この叫びが祖国を守った
戦いではその激励を受け
勇士は奮い立たされた
自由の栄光を求め

占領者よ,我が力を知れ!
占領者よ,我が力を知れ!
自由を戦いで取り戻し
自由のためには勇敢な死もいとわん!
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エッセイ「謙譲しても媚を売らない我が人生観」

昨今、ようやく謙譲と媚の違いがわかってきた。儒教精神に基づく我が国の謙譲(謙遜)は美徳と言われるが、けして媚(魂)を売ることとは意味が異なる。但し若年の頃の私はこの違いがわからなかった。この違いを説明するのに武士道を用いたい。

新渡戸稲造の「武士道」に於ける主君への忠節はあくまで名誉遂行の手段とされる。最終目的は名誉の遂行であり、けして名誉遂行が忠節のためにあるのではない。簡単明瞭に言えば謙譲と媚の違いはここにある。即ち、媚は一時しのぎの単なる世渡り的な手段であるが、謙譲は一生を通して貫くだけに価するものであり、遂行することにより自他の名誉の両立に繋がるものである。

正直に申し上げたい。未熟者の私は今まで多くの御仁と軋轢を起こしてきた。その多くを振り返れば自分に「謙譲」の心がなかったように思われる。若年の頃は舐められてはいけないと思うことが先走り、己を卑しく、ちっぽけなものに見せることなど思いもつかなかった。これに気づくのには相当の年月が掛かった。謙譲は美徳であり、人様の面子を潰さないことに繋がる。多くの苦渋を舐めてきた私は昨今ようやくこの道理が理解できたのである。良好な人間関係は謙譲による気遣いがあってこそ、初めて良好な人間関係が構築されると受け止めている。

武士は幼い時から儒教を徹底的に叩き込まれる。物心ついたころからの論語の素読は必修である。主君のために殉ずるのは紛れもなく己の名誉のためなのである。ここに侍の美学がある。だから人間は侍が主君に仕えるが如く己の身をかがめて、己を小さく見せ人様(侍でいう主君)の名誉を損じてはならないのである。
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